45 教育的指導
塔の天上6階を占拠していた、相撲部のヤツらは全滅。
そして俺は例によって、ヤツらを部屋の真ん中に集め、横一列に正座させていた。
といっても、どいつもこいつも俺よりずっとデカいので、正座しているのに見下ろされるという状況は変わらなかった。
列のど真ん中には、ここを仕切っていたズングリムック。
ヤツは俺の張り手を食らって全身が赤く腫れ上がっており、小さい手形が身体じゅうに残ったままだ。
「うぐぐぐ……こ、こんなチビに……世界最強の相撲が、敗れるとは……! ありえないでごわす……!」
「相撲が負けたんじゃない、お前らが単に弱かっただけだ。現に俺は、途中から相撲の技しか使ってなかっただろ」
「せ、セージ! おんしは相撲取りだったでごわすか!? こんな小さな相撲取りなど、見たことがないでごわす! しかもドルスコイ様の技を使うだなんて……!」
「そんなことは今はどうでもいい。それよりも、お前らが通行料として奪った金は全額返すんだ。もちろん俺にじゃなくて、取ったヤツにな。ちゃんと一人一人に謝って返すんだぞ」
「な、なんでそんなことを……!? (ドスッ!)ぐへえっ!?」
喉に竹刀のひと突きを食らい、毒を飲んだように苦しみだすズングリムック。
風船のように膨らんだ顔を破裂寸前まで真っ赤にし、涙目でゲホゲホとむせている。
「お前らは、稽古の時に竹刀で叩かれまくってるようだが……。喉を突かれることはないから、軽くやられただけでも苦しいだろう?」
ちなみに首には生命に関わる器官が多くあるから、俺にみたいに知識のある人間でないと危険だ。
よい子は真似するなよ。
「お前らは筋肉と贅肉の鎧で、どんな攻撃をも受けきれる自信があるようだが……俺に言わせれば紙の鎧だ。今してみせたように、お前らを悶絶させられる身体の部位を、俺はいくつも知っている。それを思い知らされたくなければ、俺には逆らうな、いいなっ!?」
ボスを軽いひと突きで黙らせたのが、よほど効いたらしい。
竹刀を地面にガツンと突き立ててやると、デカブツたちはビクリと跳ね上がって、すぐに居住まいを正した。
俺はそれから、カツアゲした金の全額返金と謝罪、そして二度とこんなことはしないと相撲部のヤツらに誓わせる。
7階へと続く階段の踊り場には、6階を踏破したことをライセンスに記録する魔法陣があるのだが、そこには大きな布が掛けられていた。
どうやらその布ごしに踊り場を通ると魔法陣は作用せず、踏破した事がライセンスに記録されないらしい。
6万¥を払ったら、この布が取り払われる仕組みで運営されていたようだ。
二度とこんな事をさせない意味もこめて、この布は没収することにした。
すると涙目のズングリムックから、半泣きですがりつかれた。
「そ、それだけは……! それだけは勘弁するでごわす! その布は、ドルスコイ様からお借りしている『魔法遮断の布』……! 賢者候補生様だけが持つ、レアアイテムなんでごわす! もしそれが奪われたと知ったら……おいどんはドルスコイ様から、大変な目に……! いいや、セージもタダでは済まないでごわす!」
「そうかい。ドルスコイだかトルストイだか知らんが、お前らの大ボスに伝えろ。この布を返してほしけりゃ、俺に頭を下げにこいってな」
このカツアゲ行為を指示したのが相撲部のキャプテンなんだったら、ソイツもとっちめてやらなきゃな。
なんで俺が、そんなに義憤にかられているのかはわからんが……。
それは、まーいっか。
しかしズングリムックはあきらめきれないのか、べそをかきながら俺にしがみついてくる。
「そ、そんな……! お願いでごわす! お願いでごわすぅぅ! それを取られたと知ったら、おいどんはドルスコイ様と、合わせる顔がないでごわすぅぅぅぅーーーっ!!」
「そうやっていくらすがりついても無駄だ、っていうかすがりつくなよ。お前、ただでさえ臭いんだから」
ばっさり切り捨ててようやく、ズングリムックは力なくうなだれた。
これでコイツも少しは反省するだろうし、風呂にも入るだろう。
なんにせよこれにて、一件落着……!
と思っていたら、思わぬところから物言いが入った。
「こらっ、セージちゃん、人の気にしていることを言っちゃダメでしょ。誰にだってコンプレックスはあるのよ」
たしなめるように言いながら、ぽん、と俺の頭に手を置くシトロンベル。
「本当の事なんだからしょうがないだろ。だったらお前はコイツの臭いが平気なのか?」
「平気っていうか……私は気にしないわ。それに、むしろ応援してあげなきゃ。ズングリムック先輩もきっと、体臭をなくすために努力してるんだから」
「ううっ……! じ、実は……そうなんでごわす……! で、でも……! 何をやってもこの臭いは取れなくて……! クラスの女子は何も言わないでごわすが、おいどんには決して近寄ろうとはせず……おいどんが近くを通りかかると、顔をしかめるでごわす……!」
それは本当なのか、シトロンベルが平然と近くにいてくれるのが、信じられないような表情のズングリムック。
「気にしない」とまで言ってもらえたのが余程嬉しかったのか、堪えていた涙をボロボロ溢れさせていた。
よせばいいのにシトロンベルは、そんなヤツに向かってにっこりと微笑む。
わざわざしゃがみこんで、目線を合わせてまで。
「気を落とさないでください、ズングリムック先輩。一生懸命努力していれば、きっといつか報われます。私も応援していますから、頑張ってください、ねっ?」
それは男なら誰しも、「惚れてまうやろー!」と絶叫しかねない、天使の笑顔であった。
「うっ……うおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーんっ!! し……シトロベルさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!! おいどんは、おいどんわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
ズングリムックは、人間の美女に発情したゴリラのように飛びかかろうとしていたので、俺はシトロンベルをかばう。
ヤツの顔にもみじの跡をもうひとつ増やす勢いで、横っ面を思い切りひっぱたいてやった。
……スパァァァァァァァァァーーーーーーーーンッ!!
「ごわすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
オリジナリティあふれる悲鳴とともに、俺の足元に転がる発情ゴリラ。
「お、おいどんは……女性にやさしくされたことが、一度もなかったでごわす……だから嬉しくて、つい……」
服従のポーズをとる犬のような格好で、さめざめと泣くゴリラ。
少し前までの豪快さが、欠片も残っていないような情けなさだ。
俺はもうコイツに関わるつもりはなかったんだが、シトロンベルがやけに気にしている。
これ以上、お嬢様が変な誤解を植え付ける前に、さっさとここを離れたほうが良さそうだ。
俺はコートのポケットから取り出したものを、手切れ金がわりにヤツの腹に投げた。
「これは、なんでごわすか?」
「俺が作った石鹸だよ。それを使えば激クサも少しはマシになるだろ。じゃあ、俺らはもう行くからな」
……俺は昨日ヒマだったので、錬金術で生活用品を作った。
この世界に来て、まだ一度も風呂に入ってなかったのを思い出したから、石鹸も作ったんだよな。
学園のゴミ捨て場にあった廃油を使ったんだが、面白くてつい作りすぎてしまった。
実はコートの中のポケットには、店が開けるくらい石鹸があるんだよな。
しかし、このアイテムが……。
こうやって、何気なくくれてやった、この石鹸が……。
後々、思いもよらぬ騒動を巻き起こすことになろうとは……。
この時の俺はまだ、思いもしていなかったんだ。
次回、パワーアップ妖精登場!