30 セージの戦闘指南
ちょっとしたイベントはあったが、俺はさらに塔の探索を続ける。
なんだかゲームで遊んでいるような感覚で楽しかったのだが、他の生徒たちは何かにせき立てられるかのように塔内を走り回っていた。
どうやらみんな、ポイントを稼ぐために必死のようだ。
それにひとつ間違えばケガするし、下手すると生命を落とすかも知れないから無理もないだろう。
成績のために命を賭さなくちゃならないなんて、この世界の学生は大変なんだな。
そして、やはりモンスターが出るだけあってか、誰もが複数人でパーティを組んでいた。
最低でも3人、多いのになると何十人と連れだって、ぞろぞろと練り歩いている。
でもこれは痛し痒しのようで、この塔内には時折、レアモンスターや宝箱などが出現するそうだ。
レアモンスターを狩れれば大手柄だし、宝箱には装備や金が入っているらしい。
複数人だとモンスターとの戦闘などでも安定した勝利が得られる分、それだけ分け前も減る。
なので従者候補生たちは、主に下僕候補生を引きつれ、危険な役割を彼らにやらせる。
そして、あがりをガッポリとせしめる……というわけだ。
なんだか、つい先日まで俺が関わってた、ゴロツキの大人たちみたいなやり口だな。
やれやれ……この世界はどうやら、子供の頃から英才教育が盛んらしい。
でも、まーいっか。
なんにしても、俺には関係ないことだ。
なんて思っていたのだが、
「「「ひいいいいいいいいいいーーーーーっ!?」」」
またしても、例の3バカトリオと遭遇してしまった。
今度は6匹のゴブリンに追い回され、部屋の中をグルグル回っている。
「助けて! 助けてでつ!」
「ぼくらなんて食べたって、おいしくないでしゅよーっ!?」
「あっ!? せ、セージ君! 助けてでふぅぅぅぅーっ!!」
そして例によって、こぞって俺を指さしてきた。
ゴブリンたちもやっぱり、ターゲットを俺に変更、
「ギャッ!」「ギャアッ!」「ギャギャッ!」「ギャーッ!」「ギャギャギャッ!」「ギャーァッ!」
列をなしてナイフを振りかぶり、俺に襲いかかってきた。
鳴き声にはバリエーションがあるが、たぶんどれも一緒だろう。
ゴブリン語で、「死ね死ね死ね死ね死ね死ねー」とでも言ってるんだろうか。
繰り返しはギャグの基本だというが……これじゃ本当にギャグだな。
俺は初撃のナイフを、ほどけた靴紐を結び直すくらいの感覚で、ゆったりと屈んでかわした。
そして、一気に伸び上がってジャンプ。
「渦龍ッ……!」
気を吐きながら、身体を翻しローリングソバットのような蹴りを繰り出す。
「旋っ!」
空中できれいな旋円を描いた右足が、ナイフをスカってスキだらけになっているゴブリンの頬を捉えた。
なぎ払われ、「ギャンッ!?」と横に吹っ飛んでいく。
ちょうどいいタイミングで、後続として突っ込んできていた2匹目のゴブリンと、俺の左足がコンニチワ。
同じ方向に、「フギャンッ!?」とサヨウナラ。
俺は空中でさらに、身体を捻る。
「風っ!」
2周目の回し蹴りにあわせるように、ちょうど次に突進してきた2匹をリズミカルに、
バキッ! グシャッ!
と蹴り飛ばした。
まだまだ止まらない。
「脚っ!」
俺は身体をさらにもうひとひねりして、連続蹴りのフィニッシュを放つ。
まるで光に誘われる虫のように、残りの2匹も突っ込んできてくれて、
バチッ! バキイッ!
「ギャッ!?」「グギャッ!?」
電撃殺虫機に撃たれたように、儚く散っていく。
俺がシュタッと着地をキメると、折り重なるようにして倒れるゴブリンの山ができていた。
その一部始終を眺めていた3バカトリオは、しばし呆然としていたが、
「「「ありがちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!?!?」」」
またしても逃げだそうとしていたので、俺はヤツらの前に回り込んで通せんぼしてやる。
すると、
「「「またでたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」」」
ヤツらは体型は違えど、クローンみたいに揃った動きで腰を抜かしていた。
俺は3バカトリオを正座させて、少しのあいだ説教をする。
「お前らなぁ、ゴブリンの1匹も倒せないんだったら、こんな所でウロチョロするなよ」
「で、でも……初めての塔だから、どうしても入りたくなったでつ!」
と言っているのは、チビの……といっても、俺より身長は高いが……。
ともかくトリオの中ではチビの『カイ』。
「ぼくたち、いつもドジばっかりだったでしゅ! でも3人で行けば、なんとかなると思ったでしゅ!」
トリオの中ではノッポの『セン』が引き継ぐ。
「そうでふ! でもぼくら、セージ君みたいに強くないから……でも、3人で力を合わせて、がんばったんでふ!」
そして最後に、トリオの中ではデブの『ドン』が締めた。
3人揃って訴えてきたわりに、本当にどうしようもない内容だったな……。
たぶん1人では相当な低スペックだから、3人でつるんでるんだろう。
しかし俺は、はたと思い直す。
……いや、違うな……。
コイツらは多分、自分の持ち味を知らないだけなのかも……。
……って、なに考えてんだ俺は。
前の世界だったら「使えない無能」でバッサリ切り捨ててたのに……。
でも……まーいっか。
これ以上まわりをウロチョロされて、モンスターをなすりつけられるのは困るからな。
「よし、じゃあお前らにこれから、対ゴブリンの剣術を叩き込んでやる。全員、起立!」
「「「ええっ!?」」」と困惑する彼らに向かって、さらに一喝。
「立てと言ったんだ! クダクダ言い訳を垂れるヒマがあったら、前と後ろにサーをつけろ! わかったな!?」
「「「は、はひっ! サー!」」」」
何もなく誰もいない、がらんとした部屋は剣術を教えるには最適だった。
「いいか、この塔に出現するゴブリンは、ほとんどがナイフで武装している。ナイフの持ち方は主に2種類あって、順手と呼ばれる『フォワード・グリップ』と、逆手と呼ばれる『リバース・グリップ』がある」
「本来は相手の持ち方によって対応を変えるべきなんだが、複数を相手にすると混在している場合がある。どちらにでも対応しやすいのは、姿勢を低くする方法だ。これで斬りにも突きにも対応できる」
「だからカイ、いちばん背の低いお前がゴブリンの前に立って、攻撃を引きつけるんだ。お前は素早いから、とにかく相手の攻撃をかわすことだけに専念するんだ」
「ナイフ攻撃をよけるコツはいくつかあるが、ひとつだけ覚えておけ。必ず、相手のナイフを持っている手の、外側に来るようにかわすんだ。なぜならば腕というのは内側のほうに曲がるから、内側に逃げると相手のナイフはさらに追いかけてくるぞ」
「カイが敵の注意を引きつけている間に、次はセンが横に回り込んで、敵を牽制するんだ。センは背が高くてリーチがあるから、より広い範囲を牽制できる。牽制だから当てなくていい、ゴブリンの気を散らすのが目的だ」
「これでゴブリンは、カイへの攻撃と、センへの防御ふたつを強いられることになった。達人でもなけりゃ、この時点でもう手一杯だ。そこに背後からドンが近づいて、必殺の一撃をお見舞いしてやれ」
「ドンは力があるが、動きは鈍い。だから正面や横から斬りかかったところで簡単にかわされるだろう。だが背後からなら、ヒット率はぐっとあがるはずだ。仲間たちが注意を引いてくれているなら、なおさらだな」
俺はこうやって滔々と、1匹のゴブリンを3人がかりで倒す方法を指南した。
その後はさっそく実戦に入る。
1匹だけのゴブリンを見つけて、ヤツらに戦わせたんだ。
まずはカイがゴブリンの前に出て、ターゲットの注意を引きつける。
「ギャッ! ギャッ!」
ゴブリンはナイフを縦横に振り回して威嚇してきて、カイはビビっていたが、
「う……うわっ! で、でも、かわせるでつ!? サーの言うとおり、かわすのに集中して、外側に逃げるようにすれば……あ、当たらない! 当たらないでつ!? すごい!? すごいでつ!?」
やがて恐怖は驚きへと変わっていた。
ドッヂボールで最後まで残ってるヤツみたいな動きのカイに、ゴブリンは苛立ったようだ。
さらにムキになってナイフをビュンビュン振り回しはじめる。
よし……ターゲットは固定されたな!
その頃合いを見計らってセンが参戦。
「えいっ! このっ! このでしゅ! しゅっ! しゅっしゅっ!」
長い手を利用して、ゴブリンの横からチョッカイを出す。
「ギャアッ!? ギャーッ!」
ハエにでもたかられたように、ウザそうに払いのけるゴブリン。
牽制で動きが制限され、太刀筋も鈍る。
すでにゴブリンは背後に気遣う余裕はない。
そこに、ソロリソロリと、ドンが抜き足差し足で忍び寄ってきて……。
「どーーーーーーーーーんっ!!」
重い雄叫びとともに、飛びかかれば……!
「ギャッ!?」と気付いたところで、もう遅いっ……!
……ドスバァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーッ!!
ゴブリンの脳天に、フルパワーの唐竹割りがヒット……!
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーンッ!?!?」
血しぶきと断末魔を、あたりに撒き散らし……。
ズダァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーンッ!!!!
砂埃をあげてブッ倒れ、動かなくなった……!
戦っていた相手は、この塔でもいちばんの雑魚のはずなのに……。
倒した瞬間は、まるでラスボスでも相手にしていたかのように、劇的だった……!
「「「やっ……たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」
3バカトリオは、世界の平和を勝ち取ったかのように大喜び……!
「まさかぼくらが、ゴブリンを倒せるなんて……! 感激でつ! 信じられないでつ!」
「これも、サーの素晴らしいご指導のおかげでしゅ!」
「よぉーし、みんな! ぼくらのサーを胴上げでふぅーーーっ!!」
「……へ?」と思ったときには、もう遅かった。
俺は彼らに担ぎ上げられ、ワッショイワッショイと天高く宙を舞っていた。
次回、新アイテム!




