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賢者の胆石  作者: 佐藤謙羊
第1章
29/119

29 3べん回ってワン

 ……ガコオンッ!



 上昇してきた床は、針も落ちる隙間もないくらいピッタリと、溝を埋めた。


 しかし誰も動こうとはしない。

 見ると、俺の隣にいたイボガエルは、鏡の部屋に飛び込められたかのように、黄色い汁を全身からダラダラと垂らしていた。



「げ……ゲコっ……!?」



「い、いまの……何……だったんだ……?」



「け、剣圧みたいなのが、飛んでったぞ……?」



「俺、見たことある! あれ、チャン兄妹の兄貴のほうが得意としてた技だ!」



「あっ、知ってる! 俺も格闘術の授業のときに、クリスのヤツから食らったことある! 相手を吹き飛ばすんだ!」



「で、でも……クリスのは、あんなに威力が無かっただろ!?」



「そうだ! まさかスイッチをへし折るだなんて、とんでもなく強力じゃねぇか!」



 そっちの話に行かれると嫌だったので、俺は話題を変えるべく、部屋の奥にある出口を指さした。



「そんなことより、通れるようになったぞ」



 すると俺の後ろにいたヤツらが、まるで銃声を聞いたウサギのごとく走り出す。



「どけっ! このチビゲコっ!」



「こんな所でじっとしてる場合じゃなかったんだ!」



「今日の授業で一番乗りになれれば、高ポイントが貰えるわよっ!」



 俺は通勤ラッシュの中で立ち止まっている人みたいに、もみくちゃにされる。

 小突かれ突き飛ばされ、いい加減腹が立ってきた。



「……ハッ!」



 そして俺はつい、かざした手を『下がる』のレバーめがけてかざしてしまう。


 片手版の『風龍衝波拳』だ。

 まだ力の加減はわからないが、これなら威力は半分になるはず。



 ……ガコォォォォォーーーンッ!!



 今度はうまいこと、へし折ることなくレバーを倒すことができた。

 すると、



 ……スコォォォォォーーーンッ!!



 底が抜けるような音と、それに相応しい勢いとともに、床が一気に沈んだ。

 ちょうどその上を走っていたヤツらは、



「ゲコォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーッ!?!?」



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?!?」



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?!?」



 溝めがけて、真っ逆さま……!


 そんなに高くないはずなのだが、イボガエルはまたしても受け身に失敗して、首から落ちていた。

 その上から大勢の人がのしかかったものだから、



「ギグゲゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーッ!?!?!?」



 車に轢き潰されたウシガエルみたいな悲鳴をあげている。


 この部屋にいたヤツらは俺以外全員、溝の底に吸い込まれていった。

 脅威の吸引力だな……などと思いつつ、上から声をかけてやる。



「おい、何か忘れてないか?」



「グゲゴッ!? な、なにをゲコッ!?」



 衝撃で首が身体に埋まってしまった体勢のまま、叫び返してくるイボガエル。



「約束しただろ。俺がレバーを倒せたら、全員で犬の真似をして、3べん回ってワンって鳴くって」



 本当は俺にとってはどうでもいい事なんだが、コイツらの態度がちょっとシャクに障ったんだ。


 たぶんレバーを倒したのが賢者(フィロソファー)候補生だったら、コイツらは泣いて有り難がっていたことだろう。

 でも格下認定している俺には、礼のひとつもないなんて……。


 こういうのはいけない事だって、きちんと教え込んでやらなきゃな。


 しかしイボガエルは自分の置かれている立場もわきまえず、腹を抱えて笑っていた。



「ゲココココ! 無宿生(ノーラン)のチビとの約束なんて、守ってたまるかゲコ!」



「そうか、じゃあ夜までそうしてな」



 すると、他の生徒たちが慌ててすがってくる。



「ま、待ってくれ! せ、セージ……! いや、セージ君っ!」



「ご、ごめんなさい! 先に進めるようになったのが嬉しすぎて、つい……! このとおり謝るから、私たちをここから出して!」



 イボガエル以外の生徒たちは跪いて、まるで太陽に拝むように俺に向かって両手を合わせてきた。



「ひとり、謝ってないのがいるが……」



 俺が指摘すると、まわりにいた男たちがイボガエルを取り押さえ、無理やり正座させる。



「おらっ! セージ君に謝れ!」



「ぐ……! ギギギ……! 誰が、あんな無宿生(ノーラン)のチビなんかに……! ゲコッ!」



「そうか、じゃあサヨナラだ」



 俺が未練もなく立ち去ろうとすると、



「ああっ、待って! 待ってくれ、セージ君! 俺たちがなんとしても謝らせるから! おいっ、謝れアクマアクネ! でないと全員、ここに夜までいなきゃならないんだぞ!?」



「そうよ! 夜にはモンスターも出るのよ!? こんな所にずっといたら死んじゃうわ!」



「うわっ、汚ぇコイツ! へんな汁を出しやがった!」



「もう、最低っ! アクマアクネ君のこと、ずっと気持ち悪いと思ってたのよ!」



 よってたかって足蹴にされ、とうとう頭を踏みつけられて、強制土下座をさせられるイボガエル。



「グググ……! ギギギ……! ゲコオッ……! わ、悪かった……ゲコッ!!」



「もうちょっとちゃんと謝れ」



「ちょ、調子に乗るなよこのチビっ! グゲゴォォォォォォォォーーーッ!!」



 顔をグリグリと踏みにじられ、変な汁と悲鳴を迸らせるイボガエル。

 おそらくヤツのクラスメイトであろう者たちに、さんざん罵られ、蹴り上げられ……。


 ヤツは、ようやく陥落した。



「ゲコッ! ご……ごめんなさい……ゲコッ! も、もう、二度としない……ゲコッ!」



 嗚咽だか鳴き声だかよくわからない声を振り絞った、心からの謝罪。

 しかしまだ終わりじゃない。



「よし、いいだろう。じゃあ次は、3べん回ってワンだ」



 これには溝の中から、マグマのように抗議が噴出した。

 俺がそれを、遠い山の噴火のように受け流していると……当然のように、矛先はイボガエルに向かう。



「おいっ! アクマアクネ! てめぇ、なに勝手な約束してんだよっ!?」



「そうよ! 3べん回ってワンだなんて、発想が気持ち悪い! 顔だけじゃなくて心まで醜いのね!」



「コイツ、前から嫌いだったんだよ! ゲコゲコうるせーし!」



「俺も前からブン殴りたいと思ってたんだよ! もうコイツ、ボコボコにしてやろうぜ!」



「ゲコオオオオオオオーーーーッ!? 許してゲコ! 許してゲコォォォォォォーーーーッ!!」



 吊し上げどころからリンチに発展しはじめたので、やれやれと止めに入る。



「おい、ヒキガエルにするのもいいが、そこから出てからにしてくれ。あとで竜宮城にでも連れてってくれるんだったら別だが、カエルいじめに付き合うほどヒマじゃないんだ。約束を果たさないんだったら、俺はもう行っちまうぞ」



 そして始まる、奈落の盆踊り。


 何十人もの男女たちが四つん這いになって、その場でクル、クル、クルと回る。

 顔を上げて、散歩をねだる犬のように媚び媚びに、



「ワンッ!!!!!!!」



 と一斉に鳴いた。


 約一名に限っては「ゲコッ!」だった。

 そこにイチャモンをつけて、やり直しさせることもできたが……まぁ、もうこのくらいで許してやるとするか。


 俺は仁王立ちで穴の底を睥睨(へいげい)し、最後の仕上げをする。



「いいか、お前ら! 謝罪の気持ちと感謝の気持ち、このふたつには身分は関係ないってことを、よーく覚えとけ! それらの気持ちは相手の立場に向けてするもんじゃない! 相手の行動に向けてするものなんだからな!」



 ちょっとドスを効かせてやったら、底にいるヤツらはみな、保健所の職員を前にした捨て犬みたいに震え上がっていた。


 でも意図は伝わったようなので、俺はふたたび風龍衝波拳でレバーを倒し、床をあげてやる。


 再び地上に戻ったヤツらはすっかり怯えきっていて、俺に何度も頭を下げながら部屋を出て行く。

 そして俺はなぜか、従者(サーバトラー)候補生の女生徒たちに囲まれてしまい、



「あの……セージくんって、首輪持ってないんだよね? よかったら私の首輪、もらってくれないかな……?」



 頬を赤らめながら、バレンタインのチョコレートのように首輪を差し出された。


 もちろん全部断る。

 そして俺の横では、真逆のことが起こっていた。



「あの……アクマアクネ先輩からもらった首輪、お返しします……」



「ぼくも……先輩があんなみっともない方だとは、思いませんでした……」



「あ、ご心配なく! 今日からは他の従者(サーバトラー)候補生の先輩についていくんで!」



「俺も! センパイ、いままでお世話になりました! ちぃーっす!」



 もはやお得意の鳴き声もないイボガエル。

 呆然と立ち尽くすヤツの腕は、送別会の花束のように、首輪の山でいっぱいになっていた。

次回、セージ教官誕生!

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