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賢者の胆石  作者: 佐藤謙羊
第1章
28/119

28 風の拳

 『天地の塔』の『天地0階』は、エントランスやエレベーターホール、そしてクエストカウンターや休憩所などがある、いわば安全地帯だった。


 しかし大きな階段を上がってからの『天空1階』からは、モンスターが出現する危険地帯となる。


 迷路のようになっている通路はやけに広く、天井も高かった。

 しかし壁以外には何もないので、やたらと殺風景。


 壁は、塔の外観と同じく水晶のような、ツヤツヤでのっぺりした壁。

 鏡面のようだった塔の外壁とは異なり、色は灰色でくすんでいる。


 しかし間接照明のような不思議な光をぼんやりと放っているので、どこも明るかった。


 足元はコンクリートじみた石造りで、多くの者に踏み荒らされたのか、ところどころボコボコ。

 戦闘が行われたような場所ではクレーターのような跡があって、あたりにはモンスターの体液や、血痕のようなものがべっとりと貼り付いている。


 そして俺は、今更ながらに自覚する。

 いつ死んでもおかしくな場所に、足を踏み入れていることを……!


 そう、そうなのだ。

 まるで修学旅行の自由時間のような気軽さで送り出されたが、ここにはモンスターが出現するし、罠などもあるらしい。


 例えるなら、自由時間でスラム街に迷い込んだかのように……。

 まわりは危険でいっぱいなんだ。


 俺は、いきなり戦場に放りこまれた新兵のような気分になって、ちょっとワクワク……いや、ドキドキする。


 しかしその新鮮な感情も、長くは続かなかった。


 クラスメイトがすでに先行していたせいだろう。

 生まれて初めて出会ったモンスターであるゴブリンは、すでに死体だった。


 ちなみに死体はこのまま放置しておくと、塔の床に吸収されるように消えてしまうらしい。

 そして長い時を経て生まれ変わり、塔の壁から滲み出てくるという方法で、新たなモンスターとなって再出現するそうだ。


 まぁ、なんでもいいけど……。

 せっかくのモンスターなんだから、どうせなら動いてるところを見てみたいな……。


 なんて思いながら歩いていると、



「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」」」



 通路の曲がり角の先から、みっつの悲鳴が聞こえてきた。

 ひょいと顔を出して覗き込んでみると、そこには……。



「ギャッ! ギャッ! ギャーッ!!」



 俺より少し高い背丈で、緑色の肌……。

 つるっぱげの頭に、裂けたような耳と口が特徴の小男……。


 そう、ゴブリンがいたいんだ……!


 錆びたナイフを振り回すヤツの足元には、



「「「ひいいいいいいいいいいーーーーーっ!?」」」



 腰を抜かし、いじめられっこのように縮こまる、3人のクラスメイトたちが。

 俺が覗き込んでいることに気付いた彼らは、



「た……助けてでつ!」



「助けてでしゅ! 助けてでしゅ!」



「助けてでふぅーっ!!」



 まるでウェーブでも送るかのような揃った動きで、こぞって俺に助けを求めてきた。


 それでゴブリンは、俺という新手がいることに気づく。

 戦意を喪失している彼らを捨て置き、ターゲットを変更、



「ギャーッ!」



 とナイフを振りかぶりつつ、襲いかかってきた。

 たぶんゴブリン語で、「死ねー」とでも言ってるんだろうか。


 俺は曲がり角から顔だけでなく、腕もニョキッと出して……。

 ちょっと強めのジャブを、ヤツの顔面に叩き込んでやった。


 醜い顔がさらに醜く、メキッ! とひしゃげる。



「ギャイン!?」



 ゴブリンは犬じみた叫びとともに数メートル吹っ飛び、大の字に倒れ、舌をだらんと出したまま動かなくなった。


 俺は、我ながらいいパンチだなと思う。

 今朝まではネコパンチどまりだったのだが、あばれるちゃんとキスした拍子に、『風神流武闘術』が身についたようだ。


 そのおかげで、俺の初めてのモンスター戦闘は、拍子抜けするほどにあっさりと終わった。


 クラスメイトたちはまだビビって震え上がっていたので、「大丈夫か?」と近づいていったら、



「「「ありがちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!?!?」」」



 お礼だか悲鳴だかよくわからない叫びをあげながら、這い逃げて行った。


 まぁ、別にいいけど……。


 俺は気を取り直して、先へと進む。

 そこから先は一本道で、特に迷うこともなく大きな広間に出た。


 部屋は大きな溝を境に、ふたつに分断されていて……。

 横たわる川のような溝の前では、多くの人間が立ち往生していた。


 皆の様子をざっと眺めた感じ、溝を渡って部屋の向こう側に行く方法を探しているらしい。

 溝は10(メトル)くらいの幅で、下を覗き込んでみると底のほうはただの床だった。


 高さはあるが、落ちても問題はなさそうだ。

 ただ手掛かりやハシゴなどはないので、落ちてしまったら這い上がるのには苦労するだろう。


 そして溝の向こうには『上がる』という立て札が。

 札のそばには、トロッコの分岐を操作するような大きなレバースイッチがあり、手前側に倒れていた。


 俺のいる手前側には、『下がる』という立て札とスイッチがある。

 それで、大体事情は飲み込めた。


 向こう側にある『上がる』スイッチを倒せば、いま溝になっている床が上昇して、通れるようになり……。

 逆に床が上昇しているときに、こちら側にある『下がる』スイッチを倒せば、床が下降して溝になる……というわけか。


 さすがに10(メトル)の溝を跳び越えるのは無理だから、皆はここから先に進めなくなっているようだ。


 顔ぶれとしてはクラスメイトだけでなく、他のクラスの者たちもいる。

 それどころか、従者(サーバトラー)候補生のクラスまで混ざっていた。


 彼らはわいわいと言い合っている。



「ゲコオッ!? どういうゲコゲコっ!? どうゲコったらこの先に進ゲコようになるゲコ!?」



「アクマアクネ先輩! あの奥にある『上がる』のスイッチを倒せばいいんですよ!」



「無理ゲコっ! 手が届かないゲコっ!」



「おい、アクマアクネ! この塔にある仕掛けのいくつかは、昼の12時と夜の12時にそれぞれ、自動的に動く場合があるって先生が授業で言ってなかったか!?」



「ゲコッ! それはゲコも知ってるゲコっ! でも、もう昼は過ぎてるゲコ! 夜まで待つゲコなんて嫌ゲコっ! それに、解決方法としてはぜんぜん格好良くないゲコっ! せっかくゲコのペットたちに、カッコイイところを見せようとしたのに……!」



 俺は話の輪の外から、こっそりチャチャを入れてみた。



「じゃあジャンプするってのはどうだ? お前イボガエルだから、跳ねるのは得意だろ? 溝を飛び越えるなんて、かなり格好いいじゃないか」



「ジャンプ!? それは確かに格好いいゲコ! ……って、この距離を飛べるわけないゲコっ! それに溝は深いから、落ちたら這い上がれないゲコっ! スイッチが自動的に動くまで、夜までずっとそこにいなくちゃならないゲコっ!」



 すると、イボガエルは名案を思いついたのか、喉をゲコッと鳴らした。



「そうゲコ! 武器を投げてみるゲコ! スイッチに当てて倒すゲコ!」



 しかし周囲は難色を示す。



「嫌だよ! 外れたらどうすんだよ! 取りに行けなくなっちゃうじゃねーか!」



「すみません、アクマアクネ先輩! 私の装備は学園からの借り物なんです! だから、返却できなかったらペナルティが付いてしまうんです!」



 俺はまたチャチャを入れた。



「そういうのはまず、言い出しっぺが最初に投げるべきだろ、そうだろ、みんな?」



「ゲコッ!? ゲコの剣はこの日のために買ったばかりだから、絶対に嫌ゲコっ! ……って、さっきから口を挟んでいるのは誰ゲコっ!?」



「俺だよ」



 皆は、バッ! と一斉に振り向き、俺を見た。



「ゲコッ!? またあのチビが出やがったゲコっ!」



「なんだ、落ちこぼれのセージか」



「お前みたいな無宿生(ノーラン)のチビに、なにができるっていうんだ」



「邪魔だから、あっち行ってろ!」



 その場にいるヤツらは、俺にとってはロクに知らないヤツがほとんどだったのだが……。

 どいつもこいつも、まるで親の敵みたいに口汚い言葉を浴びせかけてきた。


 俺はどうやら、すっかり全校生徒の敵になってしまったようだ。



「おいチビっ! わけのわかんないゲコばっか言ってると、お前を放り投げるゲコ!」



「そうだ! お前がそんな偉そうなことを言うってことは、なんとかできるんだろう!?」



「面白ぇ! やってみろよ! でも、もしできなかったら、アクマアクネの言うとおり、この溝に放りこんでやろうぜ!」



「それいいな! 夜までここに置き去りにしてやれば、コイツもピーピー泣いて、自分の身の程がわかるってもんだ!」



 せせら笑うヤツらの売り言葉を、俺はつい買ってしまう。



「わかったわかった。もし俺があのスイッチを倒せなかったら、溝に突きとすなりなんなり好きにしろ。でもスイッチを倒せたら、お前らは何をしてくれるんだ?」



 この場のリーダーっぽい雰囲気を醸し出しているイボガエルは、そんなことは絶対に無理だとばかりに、膨らんだ腹を押さえて爆笑していた。



「ゲココココココ! ここにいる全員で犬の真似をして、3べん回ってワンって鳴いてやるゲコっ!」



「うーん、別にそんなことをされても、嬉しくはないが……まあいいだろう」



 あーあ、いつの間にか、妙な賭けに乗ってしまった。


 でも、まーいっか、と思いつつ、ヤツらに向かって歩いて行くと、人垣が割れて道ができる。


 俺は溝の淵ギリギリに立ち、向こう岸にあるスイッチを見据えた。



「あのスイッチ、お前よりデカいゲコっ! たとえあのそばに行ったところで、倒すのは無理ゲコっ!」



 イボガエルの言うとおり、たしかにスイッチは俺の身長より高かった。

 今の俺の力じゃ、飛びついてウンウン言ったところで、ビクともさせられないだろう。


 でも……『力』じゃなけりゃ、なんとかなりそうだな。


 俺は、今朝の記憶をたぐり寄せる。


 えーっと、たしか……。

 こうやって、腰を低く落として……。


 握り合わせた両手を、腰の後ろに回す……。

 そして、気合いとともに……。


 掌底を、一気に突き出すっ……!



風龍(ふうりゅう)……衝波拳(しょうはけん)ッ!!」



 ……カアッ!



 俺のまわりに、銃の反動(リコイル)のような突風が巻き起こる。

 空気の塊のようなオーラが、水中を泳ぐトビウオのように一直線に飛んでいき……。



 ……ガコォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーンッ!!



 レバーを真っ二つにせんばかりの勢いで、奥に押し倒していた。


 いや……それは、比喩ばかりでもない。

 正確には、レバーの上半分は衝撃のあまりへし折れ、木クズになった看板とともに、部屋の奥に吹っ飛んでいたんだ。


 あちゃあ……。

 しまった、また力の加減を間違えちまった。


 発火(ファイヤリング)の魔法で失敗したときに、力をセーブしようって決めたのに……。

 レバーを折っただなんてバレたら、また先生に怒られそうだなぁ……。


 そしてきっとまた、



「壊したゲコ、壊したゲコっ! チビがスイッチを壊したゲコっ! みんなに言いふらして、先生にも言いつけてやるゲコっ!」



 とはやし立てられるかと思ったのだが……。

 まわりにいたヤツらは、まるで台風で自宅が吹き飛ばされた人みたいに立ち尽くすばかり。


 スイッチが作動し、床がせりあがってくる、ゴゴゴゴ……という音だけが、部屋に響いていた。

次回はプチざまぁです。

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