26 暴風小龍あばれるちゃん
すがすがしい朝に、俺の前に突如現れた、あばれるちゃんとクリスチャン。
この賢者学園で風紀委員を務めているらしい、このふたりはいったい何しに来たのか……?
「……で、俺に何の用なんだ?」と、俺は改めて問う。
額に青筋残るあばれるちゃんは、己を律するように大きく息を吐いていた。
「ふぅ……セージ・ソウマ君。あなたは入学して間もないというのに、ウォーウォーといくつも騒動を起こしてきたようですね。そこで風紀委員のわたしたちが、ギタギタに注意しに来たのです。特に、賢者候補生であるミルキーウェイ様にゴリゴリとチョッカイを出したことが問題になっています」
教室の屋根を吹っ飛ばしたことを、改めて怒られるのかと思ったら違った。
「アレは俺からじゃなくて、向こうから話しかけてきたんだぞ?」
「ヌケヌケと、ウソをついてはいけませんよ。ミルキーウェイ様はこの学園の生徒がギンギン憧れる、絶対聖母です。賢者候補生様からもガスガス高嶺の花とされている、高潔で高貴なあの御方が、セージさんのような無宿生にガツガツ声をかけるなど、決してありえないことなのです。目撃者であるアクマアクネ先輩も、そう証言しています」
「いいか、セージ君。私たちは、賢者候補生様が心安らかに勉学に励めるように、悪の芽を摘み取る役割をしている。大人しく罪を認めて、二度と不届きな真似をしないというのであれば、今回だけは特別に許そう」
クリスチャンからそう警告され、俺は急に冷めた。
ログハウスの高床のテラスから降り、ふたりの前に歩いていく。
「なんだよ、お前らも賢者候補生の犬か。風紀委員なんて看板しょってる分、余計タチが悪いな」
すると、あばれるちゃんがまたキレた。
「なんだとぉ!? ワンワンっ! ボクは犬なんかじゃないぞ! だいいち、ギタギタにおかしいだろっ! 風紀委員のボクらですら、ミルキーウェイ様には挨拶以外のお声をかけてもらったこともないのにっ! こんなチンチクな子とお話するだなんてありえない! グチャグチャにありえないよ!」
「落ち着けアバレル、彼の挑発に乗るな」
俺は挑発なんてしているつもりもなかったし、口撃をやめるつもりもなかった。
「ああ、なんとなくわかったよ。お前らはあのミルキーウェイに憧れてるんだな。特にあばれるちゃんは、口調を真似するくらいだから相当な入れ込みようだな。でも、シッポが丸見えだぜ。お嬢さまぶってても、本当のお前はフラッパーなんだろ?」
「ミルキーウェイ様をズケズケと呼び捨てにするな! それに、フラッパーってなんだよっ!?」
クリスチャンの制止を振り切るあばれるちゃん。
俺に掴みかかろうとしていたが、機制を制して、こっちから先にずいと詰め寄っていく。
「跳ねっ返りって意味だよ」
するとふたりは、いまにも実力行使に出そうなほどに表情を強ばらせる。
しかしここで引き下がるわけにはいかなかった。
だいいち濡れ衣だし、こっちの言い分を聞こうともしないヤツらに屈してたまるか。
一方的にバカにする分には別にいいが、そこから俺に謝罪や反省などをさせようったって、そうはいかない。
「ムカムカっ! ボクが、おてんば娘だって!? だったらキミはどうなのさ!? 女の子のクセに、ガブガブとパイプなんて咥えて! 完全にガチガチの不良少女だろっ!?」
「おい、セージ君、それ以上の挑発はよせ。風紀委員は力ずくで粛正することも許されているんだぞ」
「そうかい、でもその前に言わせてくれ。俺は男だ。それにこのパイプに入ってるのは煙草じゃなくてミントだ。お前らみたいにイライラしてるヤツにうってつけのハーブだ」
俺はそう言ってパイプを口から離し、吸い口をあばれるちゃん、クリスチャンの口に入れた。
ふたりはアクビの最中に指を入れられた猫みたいに、キョトンとそれを咥え、目をまん丸にする。
これで少しは落ち着くだろうと思ったが、ふたりはまるで爆弾が炸裂したみたいに、ボンッ! と顔を真っ赤にすると、
「は……初めての間接キッスを、グイグイと奪われた!? そ、それも歳下の男の子に!?」
「わ……私なんて、同性だぞっ!?」
ふたりは信じられない表情で口を押さえ、乙女みたいに恥じらい、うろたえだした。
兄妹だけあって、そっくりの仕草で。
なんだコイツら……と思っていると、彼らはまたしても同じ動きでバックステップし、俺から距離を取った。
そして、
……バッ!
とローブを脱ぎ捨てる。
その下から現れたのは……チャイナ服のような、派手な刺繍の入った戦闘服だった。
「暴言どころか、無理やりキッスするだなんて……! も……もう許せない! ”暴風小龍”アバレル・チャン……! 風紀委員として今ここに、粛正を宣言するっ! セージを、バッキバキのボッコボコにしてやるっ!」
「”静風小龍”クリス・チャン……! 同じく風紀委員として今ここに、粛正を宣言するっ! 我らの信ずる拳……風神流武闘術を受けてみよっ!」
暴風と静風、赤と青の旋風が巻き起こる。
問答無用とばかりに打ち込まれる拳を、俺はスウェーしてかわした。
「一方的で、暴力的……! やっぱりそれが、お前らの本性か!」
「無理やりブチュブチュとキッスしてきたキミに、言われたくないっ!」
「その通りだっ! このキッス泥棒め!」
「いつ無理やりキスしたよっ!? やっぱりお前らは一方的だっ!」
しかし困った。
俺には回避はできても、攻撃ができない。
素手でのケンカに関しては、6歳の子供同然だからだ。
たとえ殴り返してみたところで、ほとんどダメージは与えられないだろう。
こうなったら、アレをやるしか……!
俺がスキを伺っていると、
「アバレル、注意しろ! この少年、かなりいいフットワークをしている! 私たちふたりがかりの攻撃が、全然当たらないぞ!?」
「こうなったら……お兄ちゃん、モリモリとボクに任せてっ!」
クリスチャンと入れ替わるようにして、あばれるちゃんが俺の前で飛び上がった。
「ええーいっ! 風神流奥義……渦龍旋風脚っ!!」
フィギュアスケートの大回転ジャンプのようにクルクルと回り、空中で蹴りを繰り出してくる。
「うわっ!?」
俺は雨を避けるかのように身をかがめ、暴風のような連続攻撃をなんとかしのいだ。
「か……渦龍旋風脚が、かわされたっ!? それも、全部!?」
着地したあばれるちゃんは、間接キスの時以上の驚きを見せていた。
これで少しは、話を聞く気になってくれるか……? と思ったのだが、
「どくんだ! アバレル!」
背後から鋭い声がかかり、あばれるちゃんは脊髄反射のような速度で俺の目の前から横っ飛びして消えた。
これは完全に、コンビネーションだ……! と気付いた時には遅かった。
まるで手から光線でも放ちそうな構えのクリスチャンが、俺の目の前にいて……。
「風神流奥義! 風龍……衝波拳っ!!」
……カッ!
と突き出される、両の掌底。
……ゴオッ!
直後、見えない圧力のようなものがぶつかってきて、俺は空中に高く舞い上げられていた。
そうか……!
あれは相手を攻撃するのではなく、浮かせる技だったのか……!
地上ではどんなに素早い相手でも、空中に打ち上げてしまえば、翼でもないかぎり無防備になる……!
この兄妹は、この連携で、多くの敵を倒してきたのだろう。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
すでに勝利を確信したような雄叫びをあげながら、あばれるちゃんが助走をつけ、そして……!
……ズバァァァァァァーーーッ!!
ジャンプ一番、跳び蹴りで突っ込んできた……!
「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」
確かにあんなのをくらったら、6歳の俺じゃ、一撃で終わる……!
俺は、俺の腹に向かってくる靴底に対し……薄皮一枚触れるくらいのところで、身体をひねった。
押される力を利用してグルンと一回転し、そのまま蹴り足をそらす。
そして、突っ込んでくる勢いを殺すべく、あばれるちゃんの太ももをガッと掴み、小脇に抱えた。
……ズズズズズッ!
あばれるちゃんの身体が急接近してきて、俺にぶつかる。
最初に触れた、部位はというと……。
なぜかというか、やっぱりというか……あの場所どうしであった。
しかも、間接などではない。
……ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーンッ!!
と効果音が聞こえてきそうなくらいに、情熱的……。
そして完全なる不意打ちの、直接キッスであった。
しかも、場所がとんでもない。
俺にとっては……いや、あばれるちゃんにとっても……。
いやいや、この世界でもたぶん初めてだろうな、空中キッスなんてのをカマしたヤツは。
そしてそれは俺にとって、頭の中がスパークするほどに刺激的な体験だった。
次回は新たな要素…ついにアレが登場します!