11 剣術の授業
次の日、俺はリンゴの木の上で目覚める。
女神サマのくれた一張羅のコートは、薄くて軽いながらも保温性があり、大きなフードのおかげで寒さが凌げた。
寝ている間に落ちることもなかったが、幹も枝も堅いので身体じゅうが痛い。
こりゃ、早いとこちゃんとした寝床を確保しなきゃな……と思いながら伸びをする。
朝飯代わりのリンゴを食べてから、授業へと向かった。
午前の授業は体育。
従者候補生のクラスと、下僕候補生の合同授業だったので、校庭には大勢の生徒たちが整列している。
「今日の体育は、本来ならば従者候補生が飛竜に乗り、下僕候補生を追い回す授業だったのですが……。昨日、飛竜が逃げてしまったので、できなくなってしまったんですねぇ。そのうえ体育のアンゴリー先生も、その飛竜捕獲に行っているため、かわりに私が授業をすることになってしまったんですねぇ……。せっかく、賢者の石の研究をするつもりだったのに……」
代理の体育教師として駆り出されたリバーサー先生は、不満たらたらだった。
「では今日の体育は、剣術といきましょうかねぇ。まずはそれに相応しい格好に着替えてきてくださいねぇ」
賢者というと魔法に秀でたイメージがあるが、この世界の賢者はそうではない。
文武両道をモットーとし、剣や魔法はもちろんのこと、それどころか格闘や乗馬などに至るまで達人クラスとされている。
だからそれに仕える従者も下僕も、程度は低いものの同じような授業をこなし、完璧超人を目指すんだ。
何はともあれ剣術の授業にあたり、まず俺たちは準備をさせられた。
多くの者たちはローブだったので、動きやすく、また打たれてもケガをしない格好に着替える。
従者候補生には男女の更衣室があるのだが、下僕候補生にはそんな気の利いたものはない。
学園の備品である、木刀と革製の防具を配られ、木陰とかで着替えるのだが……。
俺にはそれすらも必要なかった。
なぜかというと、木刀も防具も俺のぶんだけなかったからだ。
完全に嫌がらせだが、まーいっか。
あんな使い古した剣道着みたいなのを着るのは、まっぴらゴメンだ。
でも素手というわけにはいかないから、木刀はそのへんに落ちていた、ちょうどいい長さの木の枝を使うことにする。
ちなみに従者候補生たちの武器や防具は、貸し出しではなく自前のものだった。
誰もがピカピカで、色とりどりの木刀や立派な革鎧を、見せびらかすように身につけている。
「みんな、準備できたようですねぇ。では今日の授業は、『戦場組手』といきましょうかねぇ。そのほうが、私も楽……じゃなかった、すぐに実力がつきますからねぇ」
『戦場組手』というのは、ようはほぼ実戦のことだ。
実戦との違いといえば、武器が木刀であるということ。
その木刀以外で攻撃しないこと、相手を殺すまでやらない、ということくらい。
全員を敵として、一斉にどつき合いを始める。
そして最後のひとりになるまで戦うという、ようはバトルロイヤル。
「では、より実戦に近づけるために、ふたりひと組でペアを作ってくださいねぇ。従者候補生どうしや、下僕候補生どうしのペアはダメですねぇ。必ず、従者候補生と下僕候補生がペアになってくださいねぇ」
先生から急にペア作りを指示され、俺はちょっと焦った。
この学園にひとりしかいない無宿生であるこの俺は、いわば落ちこぼれ。
しかも上級生にも目を付けられているので、組んでくれる従者候補生なんているわけがない。
普通、あまったヤツは先生とペアを組むもんだが、先生は自分が楽したいからと『戦場組手』を指示するくらいだから、期待はできないだろう。
こうなったら木の枝みたいに、そのへんにいる野良猫でも拾ってくるか……?
なんて考えていたら、思いも寄らぬ人物と視線がぶつかった。
ライトブルーの木刀と、お揃いの防具に、身を包んだ少女……。
ヘッドギアの横から長い髪を垂らし、金色のベルを揺らしていたのは……。
間違いなく、俺のファーストキスの相手であるシトロンベルだった。
彼女は多くの下僕候補生たちから囲まれ、跪かれ、求愛されるようにペアを申し込まれているところだった。
「どうかシトロンベル様、この僕に従えさせてください!」
「生きた剣となり盾となり、あなた様のために死ぬ覚悟です!」
「あなた様は、どなたにも首輪をお渡しくださらなかったそうですね。お役に立ってみせますので、その暁には、あなた様の首輪を……!」
「首輪目当てなど、やましいヤツめ! その点、この私は違います!」
「ぼ、僕なんて、靴だって舐められます!」
こぞって這いつくばって、シトロンベルのブーツを舐めようとする下僕候補生たち。
彼女はおぞましいものを前にしたかのように、ぞくぞくっと背筋を震わせると、
「みんなごめんなさい! 私、ペアになる人はもう決めてるから!」
サカリのついた犬から逃れるように脚を振り払い、俺の元まで駆けてきた。
「セージちゃん! 私とペアを組みましょう! ねっ、いいでしょ!?」
「ああ、別に構わんが」
俺自身はそう答える。
しかしまわりはそうではないようだった。
「えっ……ええーーーっ!?」
「な、なんでシトロンベル様が、無宿生なんかと!?」
「魔法もロクに使えない落ちこぼれのうえに、従者候補生様にも逆らうという、身の程知らずだって評判なのに……!」
「しかも従者候補生である、シトロンベル様のほうからペアを申し込むだなんて……!?」
「普通は下僕候補生のほうから、ひれ伏してお願いするもんだろ!?」
「なんでなんで!? ありえーね! ありえねーよ!?」
フラれたクラスメイトたちは、誰もが夢であってくれとばかりに叫んでいる。
その衝撃は、従者候補生にも及んでいた。
「おい……シトロンベルさんが、あの無宿生を選んだぞ!?」
「憧れのシトロベルさんが、なんであんな落ちこぼれと……!?」
「俺たちには高嶺の花で、賢者候補生様からも憧れられてる彼女が、なんで……!?」
「くそ、彼女とペアになれるんだったら、従者候補生から降格してもいいと思ってたのに……!」
嫉妬に満ちた視線が、全方位から俺に突き刺さる。
ペアを得たばかりだというのに、なんだかさらに孤立無援になったような気分だ。
なかでも、いちばん殺意の歯ごたえギッシリだったのが、
「……ゲコッ! あの、あのチビっ……! ゲコの憧れの、シトロンベルさんと、ペアを組むだなんて……! 許せんゲコっ! この授業でボコボコにして……大勢の前でみっともなく、小便漏らさせてやるゲコっ!」
やれやれ……まさかアイツも一緒だとはな……。
次回、イボガエルと直接対決!