ここは城下の街の小さな飯屋。そこでは、優しそうな初老の男とその妻。そして、彼らが実の娘のように可愛がっている少女が毎日せっせと働いている。
その日は、雨雲が空を埋めつくし、街には人影は殆どなかった。
「ミーファ、今日はもう閉めよう。」
「そうですね。」
ミーファ、と呼ばれた少女は店主の言葉に微笑みながら答える。これ以上の集客が見込めないことを感じていた彼女は店主の言葉に異論はなかった。
「それにしても、嫌な降り方ですね。大荒れにならないといいけど……」
「そうだな。こういう天気の日は良くないことが起こるもんだ。」
その日、ミーファはただでさえ嫌な予感がしていた。それが当たらないことをただただ願っていたのだ。
『すまない。2人なのだが。』
「すみません、今日はもう店じまいで……え?」
このタイミングで客がやって来るなんて。せっかくだが帰って貰おうと思い、入口に目を向けた。だが、どうやらすぐに帰って貰うことは出来ないらしい。
「皇太子様……!?」
少女が口に出来なかった人のことを、迷いもなく店主は口にした。王族だけが持つ宝石のような赤い目がそれを示している。この街の人なら誰でも知っている。ただ、少女には特別な人だった。そして、皇太子、と呼ばれた男も、少女は特別であるとすぐに分かった。
それからは、2人の男女のことである。それも互いに想い合ってしまった2人だ。どうなるかなんて一択であった。皇太子は飯屋に通いつめるようになっていた。
しかし、そんな2人の終わりはすぐに来た。
「身売り……だと!?」
「はい。この店を残すためにはそれしかないのです。」
「そんな……金か?金があればいいのか?それなら私が……」
「いえ、皇太子様のお世話になる訳には行きませんわ。それに……もう覚悟は出来てるんです。」
「……決めてしまった貴方の気持ちを変えることは簡単なことではないことは分かっている。ただ……受け入れられない。」
「貴方は優しい方。だからこそ、伝えなくてはいけないと思ったの。」
「……もう、お別れということですね。」
「はい。ただ……今夜は、一緒に居てくれませんか?一晩だけでいいのです。どうしても……貴方と共に過ごしたい。」
皇太子の赤い目は一瞬揺らぎ、そしてすぐに覚悟を決めたように光を宿した。翌朝、太陽が街を照らすまで、皇太子が出てくることは無かった。
1週間後、少女は身売りされた。だがその時……
すでに彼女には1つの命が宿っていたのだ。