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作者: お茶

男は箱を修理している。

上面の一部を四角形に切開して、いそいで上に持ち上げて、空いた四方を焦って埋める。空いた箇所から何かが箱の中に流入するのを恐れているのか、男は狂ったように穴を埋める。埋めるのに使うのは少し曇った分厚いガラスで、急いで嵌め込んだり溶接したりする。

男は箱の中にいる。

きっと修理に意味はない。それに気づいているのかもしれないが、男は修理をやめない。気づいていても、やめられないほど執着しているように見える。


男の箱の外には無数の箱がそれぞれ他の上に乗ろうとする、箱が登る世界があった。曇り方はそれぞれ違うがそれぞれ中に何かが一つ入っているようだ。そしてそれぞれが箱を必死に修理している。必死に必死に上を目指す。男のやるのと同じように、上面あるいは下面の一部を切開して、どちらの面も元より高くなるように修理する。それぞれの箱の中身は付近の箱より上を目指す。乗っかろうとする、という方が正しいのかもしれない。しかし男の目には多くの箱が自分の下に落ちていってくれるように見える。何個かの箱は男の上に乗ろうとする。男はそれを許せない。男も負けじと修理する。無意味な修理の合戦がいつまでも続く。


箱の中には飄々とした、修理の合戦には興味が無いような顔をしている中身もいる。周りが必死に修理を続けるなかで、そいつらに対して自分は修理に執着しないことをアピールする。面白いことにそのアピールによってなぜか周りの上に移動することがある。そうなったとき飄々とした奴は幸福を感じる。しかし飄々はそれを周りの悟られる訳にはいかない。常に飄々としたしていなければならないので上がったことにすら無関心であるように演じる。

実際のところ飄々は箱の修理をしないわけではない。周りの中身に気付かれないようにこっそりと修理する。

いくつかの箱の中身はその飄々の嘘を見抜く。見抜けたと確信した中身は、その瞬間に飄々の箱の上に移動する。逆に、飄々とした中身は見抜かれてしまったと思ったときに上に乗られる。どちらにせよ皆本当に修理をやめることはない。見抜いても見抜かれなくても修理の手は止まらない。結局は誰しもが周りの箱の上を取るために躍起になっている。


箱はたまにいなくなる。かと思えば新しいのが急に出てきたりもする。近くに箱が出てきたらすぐにでもその箱の上に乗ることを目指す。

新しい世界に放り出された箱の中身はその事実を受け入れようとしないことが多い。受け入れようとしなければ、多くの場合は元の世界に戻れるようだ。まれに戻れない場合もあり、それを知った中身はやがて新しい世界で修理を始める。元の世界での経験を活かして周りの箱の上に乗ろうと必死になっていく。



曇ったガラスの箱の中から、ふと男が隣の箱を見ると、女が入っていた。なんと女は修理をしていない! 男は驚愕した。いやよく見ると大規模な修理を少しずつ少しずつやっている。急いでいるようには全く見えない。先の飄々とは違って、本当に競争に興味が無いように見える。確認作業をするように天井を指差しているばかりであまり修理をしていない。最適な行動とは思えない。


女の行動が気になってくると男も修理の手が止まり始める。

そのうちに回りの世界に目が行くようになった。気付けば周りには、歪な形の、元の形がわからなくなった容れ物しかない。それらは形をさらに汚くしながら他の容れ物の上に乗ろうと頑張っている。男は自分のしていたのが修理というより自傷だったことに気づく。美しい形を保っているのは隣の女のものだけだ。

男は自傷するのをやめてみた。すると少しだけ曇りが消え、箱が広がった。男はそれには気づかない。


女は指差しは確認作業ではないのかもしれない。箱の外に向かって何かしようとしている?しかしその手は届かない。

男はこの世界の箱の中身の視界はそれぞれ異なることに感づいていた。

男の視界と女の視界はまるで別物なのだ。

つまり女が箱の外に向かって何かやっていて成功しているのに男には見えていない、ということもあり得る。しかしそうではないと男は確信する。女の表情はずっと曇ったままであった。中身の顔を見ればそいつの本当の感情を読み取れることを男は知っていた。


女の他にも目を向ける。自分の箱の曇りが無くなってきていることに気づいた。

何故か周りの箱が動き続けることに焦りを感じない。寧ろ安心を感じ始めていて、周りが踠き苦しんでいるように見える。

そして楽しそうに修理をしている中身を直視する。自分の箱を歪な形に変化させる中身が大半であるが、中には楽しそうに箱を弄くるやつがいる。そいつの箱は決まって綺麗だった。必死に自傷を繰り返していた時は絶対に目に入らないようにしていたし、目に入ってしまった場合にも気にしないように、全力で拒絶していた。そいつも飄々のやつと変わらないと自分に言い聞かせていた。競争に参加しない箱の存在を、無意味に忌避していたのだ。

今の男にはその事実すら直視できた。


さらに外を観察していると、箱の中身らしき物がほんの数個だけ存在していることに気付いた。目を凝らしてもそれらの箱は見えない。箱が無いなんてことが信じられなかった。必死だった頃も箱を楽しく修理するやつの存在は知っていたが、箱が無いやつがいるなんてことは全く想像の範疇に無かった。

男は完全に放心した。そして男の箱はまた広がった。


しばらくして我に帰ってから、男は箱の中で横になった。目をつむってみることにした。男は今まで眠ったこと、手を止めたことは記憶になかった。少し考えてみることにしたのだ。男は自分の本質を理解し始める。ここで怠惰にしていると箱が大きく広がった。広がっていって他の箱にぶつかってもそのまま箱を飲み込み始める。曇りは完全になくなった。


気付けば床が無くなっている。男は浮いていることを自覚する。そうして、自分の箱が無いことを理解した。失笑して、そのあと大笑いしてしまった。今なら、さっき見た箱を持たない中身があぐらをかいたり、自分の同じように寝転がったりしてるのが分かった。あぐらをかいてるやつが男に向かって手を降っている。降り返すとあぐらのやつはニッコリした。嬉しくなって寝ているやつに手を降ると、そいつはこっちを一瞥してから寝やがった。失礼なやつめ!なんて思いながらも、男はそれすら愛しく感じた。


さっきの女の方に目をやった。完全に視界の晴れた男には女のしていることがはっきり見えた。

女は光を指差している。さっきまでは全くの暗黒だった世界に光が指していた。今の男の視界にはこの世界が意外と明るいように見えている。女はこの光の源を指差して俺達にあそこに向かうように指示してくれているようだ。安心の中で怠惰する男は女の言うとおりにあっちに行くべきだなあ、とは思うものの動こうとはしない。男は男にとっての至福を知ったからだ。


光の方を見るとそこに向かって進んでるやつがいる。すごい勢いで泳いでいってる箱無しもいれば、濁った箱なのにそれを光に伸ばしていってるやつもいる。光を指差しながら周りの箱に教えようとするやつも意外といる。あの光でここらが満たされたらみんなの箱なんて無くなっちまうんだろうな。


ゴンッ!と音が頭に響く。痛えと思って目が覚めた男は箱がぶつかったことを知る。中身が憎悪にまみれた目でこっちを睨んでいる。男は怒鳴ってから面倒臭いと思い直してそいつが来た方向とは逆に泳いだ。そいつはまだ追いかけてきたけど何回か同じ事を繰り返していたらそのうちどこかに消えた。まったく痛いのは勘弁だぜと思いつつ、男はかつて周りの箱に体当たりをして上を取ろうとしていた自分を夢想する。


誰かはやくあの光を大きくしてくれよなんて思うだけで、自分さえ良ければ幸せな、怠惰な箱無し男はちょっと満足して眠るのだった。


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