~ビッグドリームは3段腹に乗せて~
東京都は2020年、世界の地図から消失した。
謎の現象により閉ざされた空間と化した東京都で、東京オリンピック会場に使われる予定だった新国立競技場は改装され、巨大な予備校となっていた。
2026年。今世紀最大の定期試験が今、幕を開ける。
T予備校。そこでは今日も多くの生徒が勉学に励んでいる。
王族の血を引く者からコンビニの店員まで、様々な階級の人間が通う、真・東京都にたった1つの超巨大予備校だ。
そんな予備校に入っていく生徒の中で、一際異彩を放つ人物がいた。
「やぁ、シコブシさん。今日もお互い頑張ろうね」
背後からやってきた男が、その人物に話しかける。
「あんら。ノブ君も今日は予備校の日だったの?奇遇ね。」
「何言ってるのさ、君の登校日は全部熟知しているよ」
「やんだぁ〜!もうっ!ノブ君ったら!!」
バシッ!と胸部に張り手を喰らったノブは二メートル程真後ろに吹っ飛び、そしてそのまま意識を失った。
シコブシと呼ばれたこの人物、張り手の威力が桁外れであるが、その見た目のインパクトも半端では無い。
足まで伸びた自慢の髪は頭頂部で1つ結びになっており、全体のシルエットはボールの様に丸い。高校の制服は首から足先までパッツンパッツンの超ヘビー級であり、スカートからのぞく脚は、まるでバッタの脚の様な力強さを感じさせるが、その中身は筋肉では無く脂肪である。
「うぅ…」
数秒後、呻き声と共に霞む目を開いたのは、ぱっと見ただの男子高校生、ノブである。
逆三角形の逞しい身体つきと、レンズの厚い丸渕メガネをかけていることを除けば、真・渋谷で10mおきに1人はすれ違うような、ごく普通の高校三年生だ。
「痛いなぁ…いきなり張り手するなんてっ!」
「あんら、そう言うノブ君だって大概よ。私をよく見なさい!」
「え?」
(そう言われてよく見てみれば、確かにシコブシさんの雰囲気がいつもと違う様な…)
いつもと変わらぬ制服、いつもと変わらぬ喋り、いつもと変わらぬ髪型、そして…
「あっ!もしかして、ヘアゴムの色を変えたの?」
「や〜〜〜〜っぱり!ノブ君なら気づいてくれるって信じてたわぁっ!!」
「ノブ君って檜皮色、好きでしょ?だから、髪ゴム新調して見たのよ!!
本当は髪色も変えたいんだけど、卒業までは禁止されてるし…」
「とっても似合っているよ!やっぱり君には檜皮色が1番だ!」
「あら、素直に褒めてくれるなんて、やっぱりノブ君は最高のかれぴっぴだわ!!」
既にお気づきであろうが、この2人は付き合っている。出会いはそれぞれが同時期にT予備校へと通い出した2年前の4月。まだ高校生活が始まったばかりで友人関係に乏しかった彼らは、互いの存在を知った最初の授業日以降、徐々に仲良くなっていった。
「そう言えば明後日は、僕たちが付き合い始めて丁度2年目の記念日じゃ無いか!」
梅雨の記憶。高校一年の6月は、下旬に入ってもまだ風呂場にナメクジが沸くほどの蒸し暑さだった。ノブの家へ勉強会をしに行っていたシコブシは突然こんなことを言ったのである。
『ねぇ、アルティメット相撲…しよ』
………静かな雨音
「あの契りは忘れないわ。身体で語りあった雨の日、私達は本当の意味で結ばれたのよね…」
「あぁ…僕だって忘れるわけがないよ。筋トレが唯一の趣味だったこの僕が、最初の猫騙しで大胸筋を半分失ったんだからね」
「まぁ〜だそんなこと気にしてんのっ!!折角の記念日なんだから、暗い想いは棄てて、明後日は思いっきりお祝いしましょう!!」
「…ああ!その通りだ!!全くその通り!」
「あら、立ち話してる間にもうこんな時間、授業が始まる前に早く行きましょ!!」
こうして今日もT予備校の日常が始まる。
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