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夏の花~僕は一生忘れない~

作者: スピカ

 ため息をつきながら壁の時計を見た。もうすぐ待ち合わせの時間だ。実は約束してからずっと行くかどうか悩んでためらってきた。今日は同級生たちと久しぶりに待ち合わせて今年取り壊されることになっていた校舎に遊びに行こうということになっていた。なぜためらっていたのかというとそれは同級生たちには黙っていた秘密。そのことを思い出すと胸が苦しくなると思うから。



 俺たちは過疎の村に奇跡的に起きたベビーブームで生まれた四人組で上は二学年下は三学年生徒は無く、小学校は俺たちの卒業を機に廃校になり後の子たちはスクールバスで隣の学区まで、中学校は俺たち一年の時の先輩が卒業してから貸し切りで二年間使い廃校に、廃校の世代と言って笑い合っていた。高校はそれぞれ別れ、今年卒業した18歳だ。しっかり者の真子は専門学校、秀才の河内は大学、川内は地元で就職、俺は残念だけど浪人することに決めていた。就職しても良かったけどやっぱり大学に行きたいから親に頼んで一年だけ浪人させて貰うことにしたんだ。

 ベッドに仰向けになりずっと天井を見ながら時計の音を聞いていたが、待ち合わせの時間が近くなり俺はガバッと起き上がって手ぐしして上着をはおりリュック鞄を肩にかけて部屋を出た。やっぱり行こう。



 バス停にはもう三人の影があり、気がついた真子が手を振ってきたので振り返した。田んぼの真ん中午後2時ののどかなバス停。赤トンボが飛んだ。ギリギリか、腕時計を見、走った。

「もう、遅ーい」

「ごめん時計遅れてて」

1日三本のバス。今日はただの待ち合わせの集合場所。

「相変わらずののんき者め」

「じゃあ行こう」

ほとんどの杭にトンボが止まっていた。中学校までの百メートル程の長い坂道。懐かしさがこみ上げてくる。両脇の雑木林の枝のせり出しとその間三メートル程に見える空が好きだ。校門を通ると校庭は一面赤トンボがさざめいていた。木造二階校舎。川内が管理人から鍵を借りていたのでそれで中に入った。

 校舎内を一巡してみると当然ながら標本や人体模型に机、振り子時計も外されていて無かった。がらんどうでひんやりと感じられ少し寂しかった。

「静かだね」

誰からともなく言った。声が響いて反響さえ感じ、耳鳴りするくらい静かだった。

「通ってた頃はこんな風に感じなかったのに」

 ガラ。普通に二階の教室の戸を開け教室に入ると西日で床が光り暖かくホッとした。窓を開ける。昔と同じ音と感覚。不思議な錯覚を覚える。軽く埃を払って床に座り込むと話し始める。

「じゃあやりますか」

お菓子とジュース。日が暮れるまで三四時間いてやろうという計画だ。ただ話したりしながらいるだけだが最後の教室での宴会。



「そういえばあの頃は理花もいたな」

河内が言った。真子が目を潤ませた。理花というのは中2の途中から俺たちの中に入った五人目の同級生。身体が弱く療養の為にこんなど田舎に引っ越して来て可哀想かと思ったらいつもよく笑っていた。だけど体育は完全見学で、一度真子がバレーに誘った際に倒れたことがあり真っ青になったことがある。軽い卓球やバドミントンはよくやった。中3の三学期、卒業後は東京に戻って治療するというからみんなで千羽鶴を折った。自分の為なのに理花も一緒になって折った千羽鶴。卒業式の日引っ越しで、式の後すぐ千羽鶴を抱えて迎えの車で帰って、それきり。手紙を書くと真子と約束したがある時から返事がないという。嫌な予感はしたが何の連絡もないのだからと話し合いきっと生きてるよねということになった。

 実は理花との間にはまだみんなには言ってない秘密がある。思いついて理伊はちょっと一人で行きたい所があると言った。

「はーい」

「気をつけていっといで」

皆にそう言って送り出される。

 理伊はもう一巡校舎を巡った。一階の階段脇の窓の鍵。懐かしそうに撫でた。3年の夏、夜集まって花火と肝だめし会をした時、二人ずつ組んで二階の札を取ってくるやつで理花と組だった。その時流星群の話を聞いて協力しようと思った事、流星群の日の夕方ここの窓の鍵を開けておいて、忘れ物を取りに行ってくると言って家を出、教室で二人窓の外を見上げた。7時から30分だけだけどね。どうしても学校で見たかったんだって。窓枠に置いた手の指同士が触れていたっけ。その時俺は怖くないの?って聞いたんだっけ。

「怖くないの?こんな夜の学校で電気つけずにいるなんて」

「どうして?バレたら叱られるから?」

「そうじゃなくて普通学校の怪談とかさ」

「…あのね、だってあたしが怖いのは暗闇じゃないもん」

「ごめん」

流星群はもっとバラバラ降ってくると思ってた、と理花は言って残念そうだった。二人で見つけられたのは3つ。でも綺麗だったねと笑った。帰り道は自転車二人乗りで坂道を下った。自分も夜にあの道を下ったのはあれきりだけど理花にとっては相当珍しかっただろう。帰り道の会話で理花も理伊も同じ理だねと言ったのがよく印象に残っている。

 花壇前の廊下で咲いていた花を思い出しながら何もない花壇を眺めた。

「―――くん」

微かに呼ばれた気がして振り返った。ぼんやり白いワンピースの髪の長い姿を廊下の突き当たりに見た。

「理伊くん」

歩み寄ってきたのはなんと理花だった。

「あれ?何で?」

「来ちゃった」

誰か連絡していたのか?少し不自然だ。いくらか大人びたが前より痩せたようだった。秋の日は釣瓶落とし。

「ねえ、屋上に行かない?」

懐かしい顔でニコニコ笑った。頭がボーッとしてきた。

「うんいいよ」

理花は嬉しそうに笑った。

「良かった。今日は流星群があるんだよ」

「そうなの?先にあいつらに来たこと教えてから行こう」

「大丈夫よ先に行こう」

もう廊下は暗く星がちらついていた。ぼんやりする頭で一緒に屋上に出て空を見上げた。



「ほらもう始まるよ」

見上げる空にポツポツ星が降り始めすぐまるで雨のように降り出した。

「すげ…こんなに降るの初めて見た」

「綺麗ね」

理花の方を見ると顔を涙が伝っていた。

「どうしたの?」

「あたし…ずっとまた一緒に見たいと思ってて、病院でも夜空を見上げてた」

「治った?」

「ううんまだ。赤血球の病気だから完全に治ることはないの」

「そっか」

隣にきて理花が肩に頭を乗せてきた。

「背伸びたね」

「うん」

「みんな成長した?」

「…うん…」

理伊の目からも涙が溢れた。

「理花、本当はさ…」

その時どこからか理伊を呼ぶ声がした。

「あいつら探してる」

頭がボーッとした。理花が抱きついてきたので二人は見つめ合った。理伊を呼ぶ声がずっとした。

「あのね、あたし…ずっと理伊くんが好きだったの。少しのんびりした所とか」

理伊の頬を涙が覆った。

「やだ涙が」

自分も泣いている理花が理伊の頬を拭った。

「うん、うん、俺も理花のことが好きだったよ?」

「好き、だった?」

「うん…」

理伊は笑ってみせた。理花が泣き笑い顔をした。理伊は理花の涙を拭ってやりそのままキスしようとした。理花は黙って目を閉じたが寸前で顔を逸らすと体を離した。

「ありがとう。あたしはもういいの。ずっと言いたかったこと言えて良かった」

「理花、」

「ほらみんな呼んでるよ?」

すっきりした笑顔を見せた。急に二人の距離が遠くなり背景が流星群だけになった。



「何!?え?これは…理花?」

「ありがとうみんなによろしくね。ほら」

「理伊ーっ」

今度ははっきり聞こえた。声の方を振り向いた途端、全てが一瞬でかき消え、真っ白になった。一瞬理花がはにかんだような気がした。



「理伊!」

「叩いてみたら?」

「そうだないくぞ?理伊!」

「あ…」

川内がビンタしたのと理伊が目を覚ましたのは同時だった。

「良かったーっ!なかなか戻らないから探したらこんな所で倒れてるからみんな心配したんだよ!?」

真子が半泣きですがった。

「お前理花の名前呼んでたぞ?」

河内が心配そうに覗き込んだ。そこは花壇前の廊下でちょうど日が暮れた所で廊下はオレンジ色に光っていた。

「理花の?…そうか…うん、俺さっきまで理花といたよ…」

理伊の目から涙が溢れた。

「理花と…流星群見た…」

みんな顔を見合せた。

「そう」

「そうか良かったな」

みんな涙ぐんだ。俺は理花がどうやって現れたかから話した。

「そう、でも会えて良かったね?」

真子が泣いて言った。

 懐中電灯とペンライトの明かり。日暮れからは早い。

「早く帰ろう」

河内が言った。



 帰り道話し合った。

「お前が今日見たのって幽霊だったの?」

多分そうだろうということになり、その後念のためお祓いに行った。それでこの秋の連休は終わりだった。



 帰りの電車は河内と一緒だった。

「正直言うと幽霊だったのは怖いけど何ともなくて良かったな。何かあったらすぐ連絡くれよ」

そう言って別れた。みんながいて良かったと本当に思った。ただ昔の話がバレたがもう時効だ。そう、もう前に進もう。でも俺は理花のことを絶対一生忘れないよ。それはあいつらもきっと同じ。ささやかな夢もあるし、俺はこれからも生きていくよ。


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