第九十九話「勘違いの始まり」
雪耶が店を離れる少し前。
スノーガールズのメンバー三人は、町のお店を紹介するコーナーの撮影、インタビューをこなした。
「どーも、みなさん」
白い着物姿の三人が、向かってカメラに手を振って挨拶。
「今回は、氷清村で、お土産のお煎餅を長年作られている増野屋さんにおじゃましています」
そしてお隣にいる老夫婦にマイクを向ける。
「……」
マイクを向けても返事が無い。
「おじいちゃん、こんにちは」
「えーっと、お名前は」
なおも、返事無し。打ち合わせと違う。
「お名前は……」
「おうおう、若い子が店に来るのは久しぶりじゃで、あがっちまったな」
台本にない展開に四苦八苦する。
「えー、そうなんですか?」
ふわっはっははは。笑い声。
「なあ、婆さん」
「ええ、そうですねえ」
撮影監督が、カット、やり直しのサインを送る。
五回撮り直しになった。
気を取り直して、名物紹介コーナー。
「こちらが名物の地獄煎餅だそうです」
「うわあ、美味しそーう」
「いただき……ます」
唐辛子がまぶされて真っ赤っかなお煎餅を口にした。
「うわ、辛……っ」
口にしたとたんに、舌が刺されるような刺激。
「か、辛いけど美味しいですっ」
「うん」
「あ、暖かく……なるね」
笑顔いっぱい。
涙目になりながらも、涙を流すのは堪えた。
台詞のミスやカメラの動きが良くないと、映像担当から指摘が入り、四回撮り直した。
その度に、もう一度地獄の辛さを体験。
そんなこんなで、ようやく撮影の合間の休憩に入った。
「お疲れさん、三人とも。二十分後にまた始めるから、あんまり遠くへ行ったら駄目だよ。あ、服もそのままの方がいいからね」
スタッフの注意を背中に外に早速飛び出してゆく。
「はーい」
「もう、わかってるって」
「次の時間まで何しよっか」
休憩時間も、スノーガールズ三人は大抵一緒に行動を取る。
苦楽を共にしてきた仲間と過ごすことは、貴重な時間だった。
ごたごたが多い界隈にあってメンバーの仲の良さは周囲の関係者も太鼓判を押すほどだった。
「あー、もう。さっきの地獄せんべい、まだ舌がひりひりする……」
舌を出して、まだ戻ってこない味覚をむつみが嘆いた。
「ほんとう、口直しにまたどこか、お店に入ろうか。甘いもの、いっちゃわない?」
残り二人も同意だった。次の仕事は伝統工芸品の紹介。食べ物ではなかったので、ここで何かお腹に入れておきたかった。
「あ、いいね……このあたり、どこかいいお店ないかなあ……。ああ、もういつのまに」
みながふと肩や袖についた雪に気づいてさっと払う。手で払うたびに、布地にまとわりついた粉雪がふわっと散る。
白い雪を払っても下から現れるのは、純白の着物だった。
雪ん娘アイドルという設定で白い着物を大抵の仕事で着用。
動きにくくまた周囲からは目立った。
それでも自分たちのトレードマーク。あえて脱ぐようなことはせず撮影中も撮影外も音を上げることはなく恥ずかしがらないのはアイドルとしての矜持だった。
仲の良い三人、町中を再び物色する。適当な店は見あたらない。観光地といえど、少しメインの地区を離れれば、寂れた農村になってしまう。
「ゆきっちの店、近くに無いの? また行こうよ」
麻衣の提案に、むつみがスマホを取り出した。
「結構離れてるよ。どっか探してみようか。この辺にいいところないか……」
操作を始めた。直後。
「あー電池切れちゃった、最悪っ」
黒い画面に悪態をついて、やつあたりした。
文明の機器も使えなくなったらただの物体だった。
「さっさと仕事終わらせたいよね」
ぐだぐだしているうちに、休憩時間は半分以上過ぎてしまった。もう夜も近くになってきている時間帯だった。周囲は早くも薄暗くなりはじめる。その上、雪は強まってきた。
「お腹、減ってきた。早くどっかに入ろうよ」
「うん、この先に何もなさそうだし……」
「引き返そう」
いつの間にか町のはずれまできた。この先は何もない。山へ続く道が続いているだけだ。
またもとの来た道を引き返そう、とした矢先。
突然、ひゅうっとつむじ風が起きた。雪が竜巻のように舞い上がる。
「ひゃっ!?」
突然の雪の乱舞に思わず首をすくめた。
「な、何よ」
さらに驚く三人の耳に、ざっざという足音がした。
もう一度聞き耳を立てる。
深い雪を踏みしめてやってくる音が確かにする。
目の前に何者かが現れた。
「な、何か……」
「だ、誰かいる?」
恐る恐る前をじっとみると、人影が確かにみえる。
「おーい、あんた……たち」
少女が強く降り始めた雪の中で立っていた。そして何か喚いている。
こっちこい、と言っている。
手招きしている。
「誰? もう休憩終わり?」
麻衣が首を傾げる。
「撮影再開? プロデューサーはどこにいるの?」
むつみが相手の少女に手を振り返した。
それに答えるように、凍えるほど強い冷気の風が吹いてきた。
「え、え?」
「だ、誰?」
「この子……新しいメンバーの子かなにか?」
三人は現れ近づいてきた人影に驚く。
自分たちよりも幼く可愛い少女が軽い足取りでやってきたのだ。
「あんたたち、雪ん娘だろ? こんなところで何やっとるん?」
少女は地元の言葉で、メンバーに涼やかに語りかける。
「嘘……」
呆気にとられた。自分たちと同じ白い生地の和服を着ているこの少女は、寒い中でほんの薄い着物で外に立っているのにもかかわらず、平気そうにしている。
次回、記念すべき100話です。




