第九十六話「アイドルは大変」
「えー、と。注文は……」
話が長くなるといけない。
「あ、そうだね、何にしようか」
テーブルの上のメニュー表を開いて見入った。
「ここは、何がおすすめなのかな?」
麻衣さんがメニューを見たまま尋ねてきた。
「ぜんざいがおすすめですよ。お餅も使っている小豆も、地元のものですから」
「じゃあ、あたしは、それにしようかな」
「はい」
伝票にさらさらとメモ。
「あ、あたしも、それで」
「はい、お二つですね」
みなさんがそれに続く。
むつみさんだけ、クリームあんみつ。
「クリームあんみつに、ぜんざい二つ……ですね」
伝票に手早く書き込む。
「そうそう、いいよ」
とりあえず注文を受けた。
時間帯がまだ早いせいか、他のお客さんも来ない。
良い話題の種なのか、次々に質問を受ける。
「ねえ、君、名前はなんて言うの?」
麻衣さんから聞かれる。
「え? わたしですか? 雪耶っていいます」
「へえー雪耶ちゃんか、いい名前だね」
「あ、ありがとうございます」
結構フレンドリーにしてくれる。好感もたれてるらしい。
「ねえ、ゆきっちは歌とか何かやってないのぉ?」
むつみさんから早速新しいニックネームをいただきました。
「いえ、何もやってないです」
無趣味といえば無趣味。きっと役立たずだろうけど、こんなボクでも勧誘されるのか。
「ゆきやちゃん……あたしもいい線いくと、思うよ」
みなさんも同意する。
性格はそれぞれだが仲はいいな。
「ねえ、興味あったら、あたしたちと一緒にやらない?」
昨日同じこと答えたから答えやすい。
「歌、下手だし、ダンスも。カラオケ三十五点ですから」
手をあわせてごめんなさいの仕草しながら。嘘は言ってない。
苦笑いされた。
「大丈夫だよ、他の子がフォローしてくれるから。最初はバックでもいいんだし」
むつみさんが、積極的に勧誘してくる。
「うーん、でも……」
ボクが返答にどうしようかしていると、リーダーの麻衣さんが、たしなめる。
「ま、でもいきなり言われても雪耶ちゃんも困るよね、あきらめなよ」
「そうそう、大変なんだから、むやみに引き込んだら恨まれちゃうよ」
みなさんもそれに同意して、残念そうにむつみさんが座る。
というわけで雪耶はやっぱりアイドルデビューしませんでした。
「でも良かったですね。ランキング、上がったんですよね」
ぱあっと明るくなった。
「あ、みてくれてるの!?」
「まあ、クラスメイトの菅野君がファンで教えてもらったからですけど」
えらい。菅野君。スノーガールズににわかに誉められる菅野君。今頃くしゃみしてるかな。
それが収まると身の上話。
「ほんと、あれだけが心の支えだからね」
「そう、ようやくここまでこれたよ」
「そんな大変だったんですか」
最初はうんそりゃもう大変だったよ、と三人揃って返される。
「あたしたちは、スタッフも少ない中でやってるから」
「そう、あたしたちがほとんど自分たちでやってるんだよ……」
事務所があるとはいえ、ホームページの制作管理、ネットを使った宣伝。売り込みも足らない中で自分たちで最初はやっていたとか。
反応無し、ほとんど誰もいない前でのライブ。
ようやく知名度があがってきて、待遇も改善してきてるとか。
「はは……アイドル、大変なんですね」
そして今日も三人で朝からネットにあげる動画を撮るためにあちこち歩き回ってたんだとか。
「そりゃそうだよ」
大変なのは事実であることは麻衣さんも同意。
駆け出しの頃は、コンビニやファミレスのバイトをしてた方がよっぽど割は良かった。
涙ぐましい努力。
ここに来る前は築四十五年のアパートのボロ家住まい。月々23000円。そしてみんなでルームシェアしていた時期もあったとか。
「あれ、皆さん、東京出身なんですか!?」
「そうよ、生まれも育ちも、ね」
なるほど、雪国のことなんて知らなさそうだ。寒さにも弱そうだし。
都会ナイズされてるような感じもするし。
この辺に人気が爆発しきれない理由があるのかも。
ボクもまだまだ。
もっと過酷な条件で頑張っている子たちがいる。
家があってご飯を食べてお風呂入ってゆっくり寝られる。それだけで良い条件に恵まれているんだ。
そう思うと、力が沸いてきたような気がする。
女の子になってしまって、なおかつ雪ん娘修行させられるのは余計だけど。
食事をしてても、相変わらずおしゃべりは止まらない。
まあ、この三人メンバーに限っては仲は良いらしい。良いことだよね。




