第九十一話「アイドルデビュー!? しません」
「スノーガールズ? なにそれ?」
学校の休み時間中に、教室でおしゃべりをしていた岡本さんや藤崎さんたち女子に急に話を振られた。
「ええ。ゆっきーは、知ってる?」
テレビやネットの動画の話題がどうとか、他愛もない会話をしていた。
あ、最近、女子の間ではボクのニックネームは雪耶ちゃんから、ゆっきーになりました。
「最近結成されたばっかりの、うちの県ご当地アイドルなんだって」
初耳である。首をぶんぶん振った。
「いや、知らないよ」
そうだよね、と彼女たちも頷いた。
多分アイドルとか無縁そうだ、という雰囲気を普段から出しているのだろう。
まあ、口を開けば店のことの話題ばっかりだしね。
おかげで雪哉とそっくり、女版雪哉だとか言われてしまう始末だし。
「雪まつりの時にみた、ミス氷清とかって人とは違うの?」
雪まつりの会場でマスコットキャラの氷清君と一緒に歩いていた女の人を思いだした。ちょっと厚化粧でスーツを着て「ミス氷清」の襷をかけて、マイクを片手に地元アピール。
「あの人は村の観光PRのためのイベントオンリーよ。普段は違う仕事してるしね」
「そういえば、そうだった」
ソフテニ部の松田さんのお姉さん……だっけか。元々地元の観光会社で事務のお仕事しているって以前聞いたことがある。
そして一番インパクトのあるひょうせい君。
両者共に、いかにもな垢抜けない地元PRのためのマスコットだ。
スノーガールズはそれとは違う専門のグループということみたいだ。
「こっちは本格アイドルで、全国に発信してるのよ」
地元、「雪国毎日新報」の記事の切り抜きやネットのコピーを持ってきていた。うちも取ってるけど、きちんと読んでなかったな。
「ほら、これこれ」
貰った過去記事の見出しには「本県ご当地アイドル四人組」「雪ん娘アイドル、さわやかにデビュー」と書いてる。
PRイベントで、スキーや食べ物などの名物の宣伝と販促をした、と。
そしてファンにデビュー曲を披露した、とか。
確かにアイドル活動はしているみたいだな。
公式サイトもあった。今風に動画やアニメーションを使った、なかなか凝ったサイトだ。
きちんとスマホ向けに作ったサイトもある。
気合いだけは伝わってくる。
「へえ、知らなかったな……」
「結構あちこちでプロモーションやってるよ。この間も氷清駅前でやってるのみかけたし、うちの街にも出没してるよ」
「そ、そうなの?」
みんなそうだね、あたしもみた、とささやきあっている。
「雪耶ちゃん、家が忙しいもんね」
「う、うん」
氷清村の子はだいたい実家が何か商売をやっていることが多いから、ボクだけが特別というわけではない。
単に出遅れているだけ。
情報収集は怠っていないつもりなんだけどな。
「それで、このアイドルグループがどうしたの?」
「ほら、ここみてみて」
記事の隅の方をトントン指す。お知らせ、の小さな見出し。
「メンバー追加、募集中だって公式サイトに載ってたよ」
確かに、新規メンバー募集! という見出しがある。
応募フォーム、エントリーはこちらからという特設ページが用意されている。
「ゆっきーも、オーディションに応募してみたら?」
「絶対とおるよ、その可愛さならね」
ゆっきーならいけるよ。可愛いから。
おだてられる。
なるほど、これが話しかけてきた目的か。
こういうの好きな子は好きだもんな。
「あ、でもわたし、まだ氷清村に来たばっかりだから、ご当地アイドルは厳しいんじゃないかな?」
やんわりとお断りする。北原雪耶は一応、余所者の設定です。
えー絶対いけるよ。やってみたら、とはやし立てられる。
煽てられても、木にはのぼりません。
店の手伝いも忙しいし、何より人前で歌と踊りなんてまっぴらだ。
それに、なんとなく微妙な感じがする。
もう一度記事をよく見てみる。
「ご当地アイドルスノーガールズ、もうすぐ結成一周年記念、ねえ……」
地元のニュースに興味はある。どうせなら、がんばってほしいという気持ちもある。
募集の問い合わせ先、オレンジスタープロ。
聞いたことはないけれど、一応芸能事務所がかんでいるのか。それなりにこなれているのも、納得だ。
ブログもあるし、そこそこ更新もしていて頑張ってはいる。
朝倉麻衣さん 黒髪ストレート
夕木みなさん ツインテール
蛭田むつみ ショートカットに片側におさげ一つ。
とりあえずこの三人が今のメンバーらしい。
確かにそれなりに可愛いが……一言言わせて貰うと、よくあるアイドルグループの一つのようにも思える。
「実はね、最初は四人だったけど、一人は卒業しちゃったみたいよ」
岡本さんがそっとボクに耳打ち。結構詳しいじゃん。
「卒業?」
「うん、メンバー脱退、ってことだけど」
業界用語で、優しい言い回しとのこと。
円満終了もあれば、トラブルも、事情はそれぞれらしい。
でも……結成一年で、いなくなるってのは寂しいな。浮き沈みが激しいんだろうか。
今後の予定は一週間後に地元ラジオ番組に出演か。県庁近くのライブハウスでミニライブ。撮影会、握手会、などなど。
その他は路上ライブ。
一応三ヶ月先のご当地アイドルナンバーワンを決めるイベントに出演予定、ともある。
人気投票お願いします。なんて。
今のところ十八位。うむむ、人気があるのかないのかよくわからない。
四十八もある都道府県では、健闘している方なのか。
「ふーん……」
「でも、あたしが見たとき、追っかけらしいマニアな人たちが結構いたから、一応そこそこなんじゃないのかな?」
一見メジャー人気はなくとも、一部の熱狂的なファンがいてカルト的な人気がああることもあるらしい。
まだまだこれからのグループということだ。
ご当地アイドルなのに地元にいるボクが知らなかったからね。まだまだこれから。
自分にはとても務まりそうにない。
「まあ……、アイドルたって今は数え切れないほどあるしねえ」
「それに雪国アピールっていっても、なかなか難しいよね」
皆、やっぱり本音は同じだ。
今時ご当地アイドルとかいっても、珍しくないだろうし。
「やっぱ無理だと思うよ」
手を振りながら丁重にお断りした。
友達に誘われて一緒にオーディションを軽い気持ちで受けたらうっかり通ってしまい、さらに大人気、なんて成功ドラマ、ありません。
「だよねえ」
岡本さん、藤崎さんコンビも納得してくれた。
歌も踊りも上手くないといけないんだろうし、全然興味のない縁のない世界だ。
生まれ変わったってアイドルや子役なんてやりたいとは思わないしそもそも無理だ。それができるなら、もっと前からアイドル目指してるって。
こういうのは容姿とかだけでなく、それなりの器量が必要だ。
今回から新エピソード。
アイドル関係のネタは詳しくないし、ある程度物語に合わせて設定を作っていますので、あまりつっこまないでください。




