第八十七話「冬の朝の異変」
家の前は夜に降った雪で一面綺麗な白だった。
踏み出すとぎゅっと音が鳴った。
「おっはよ!」
「雪耶ちゃん、おはよう!」
待っていた智則と夏美ちゃんに挨拶。
転校してきて(という設定)もう2ヶ月。
すっかり慣れてきた。
一応、遠くから引っ越してきた設定です。
ふと智則に聞かれた。
「雪哉の奴は元気にやってる?」
割と定期的にどうしてるか聞かれる。この二人は決して忘れない。
嬉しいけれど、心苦しい。
はぐらかさないといけないからだ。
「うん、まあ元気でやってる……みたいだよ」
ちょっと目を逸らして答える。
「そっか……」
最近はあんまり突っ込んでこないけど、欠かさず聞いてくるから、きっともっと知りたいはず。
隣にいる夏美ちゃんがじっと見つめている。
しかし目の前にいるセーラー服着ている女子が本人……とはいえない。
その瞬間に色々なものが崩れてしまうから。
「さあて、行こうか」
そして夏美ちゃんがポンと手を叩いて歩き出す。
最近、なんかパターンになってきている。
「行ってきまーす」
「行って……らっしゃい」
母さんが外まで送ってくれた。
朝の店の準備でエプロン姿。
あ、一応叔母、ってことになってるけどね。
「……どうしたの?」
じっとボクを見つめている。
「なんか顔についてる?」
「ううん、なんでもないわ」
ちょっと母さんの様子が変だったけど、とりあえず気にせず出発。
夏美ちゃんも、母さんにいってきます、と手を振る。
歩きながら、ぐるんぐるん腕を回して挨拶。
「元気だねえ、雪耶ちゃん」
「うん、絶好調」
とりあえずこの間の女の子の試練は先なので考えないことに。
「雪耶ちゃん、結構寒いの平気なんだね、マフラーも手袋もしないで」
「あ、そういえば……でもぜんぜん大丈夫だよ」
あ、うっかり忘れた。
雪哉だったこの時期、いつも手袋つけてるんだよな。
「もう熱いくらいだし。この方が平気だよ。もうすぐ春だしね」
腕まくり。
そういう ボクを夏美ちゃんは不思議そうにみている。
「え? そう……?」
きょとん、としている。
「うちのお父さんもお母さんも、今年は春が遅いねって話してるけどね」
さらに目をぱちくりさせる夏美ちゃん。
「ま、まあそうだね」
天気については同意。
ちょっと日差しが春らしくなり、青空がでる日が続いてきたけれど、またここ数日は、曇りっぽい氷清村の冬に逆戻り。
今日は朝から雪がちらついている。
また冬に逆戻り。
「うちのおばあちゃんが、今年は雪ん娘が里に降りてきてるから春が遅いんじゃないかっていってたんだよ」
夏美ちゃんの一言にぎくっと胸が鳴る。
ぐるんぐるん回していた腕を止めた。
「村には農家の家も結構多いから悩んでるみたいだよ。新しい作づけを始められないで困ってるって……」
村長の娘らしいことをいう。
「そうなんだ……」
まさか、雪ん娘って。ボクのせいってことはない……よね。
いや、そうだとしても、きっと凍子のせい――。あいつがきっとたまに仲間を引き連れてきてるのかもしれない。
「どうしたの? ぶんぶん頭振って……」
「いや、なんでも……」
気を取り直して教室に入ったらいつもと様子が違っていた。
もうすぐ朝のチャイムがなる。
時間的にいつもなら全員が登校している時間だ。
「あれー。今日はお休みが多いな」
男子も5人欠席。
女子は7人もお休み。
藤野さんや岡本さんもお休みだそうだ。
ごほんごほんという声もそこかしこで。
「え、笠島先生もお休み!?」
朝のホームルームには副担任の内田先生がきた。
なんかその内田先生もマスクして体調悪そう……。
「今日は欠席が多いな」
出欠を取り始めた先生は隙間だらけの教室を見回す。
その後1時間目はそのまま内田先生の数学の授業が始まったけれど、マスクしてごほんごほんずっと咳。
それでも内田先生はやりおえてよろよろ退出。
休み時間に。
「いやー今日は暑いね」
汗かいちゃうよ。
パタパタ下敷きであおぐ。
ふとみるとストーブががんがん全開だ。
ちょっと燃焼具合をさげるか……。
「え? 今日凄く寒いよ……」
「北原さん、今日は寒いから、そのままでいいよ」
スイッチを変えようとしたら周りからの奇異な目を向けられている。
(あっつ……)
やむをえない。
でも……汗がますます吹き出てきてる。
「男子が見てるよ……無防備だよ」
制服をはだけさせるとすかさず注意。
うう、暑いのに涼めない。
教室の中でもコートやマフラーを羽織っている子もいる。
あれだけストーブががんがんなのに。
「この教室、最近すごく冷えるんだ」
やがて二時間目の休みに入ろうとしたら、教室が急にバタバタしはじめた。
「学級閉鎖!?」
「うん、早退の子が何人も出てもう半分休みみたい」
そういう夏美ちゃんもなんか熱っぽそうなぽわっとした顔。
朝は元気そうだったのに。
「大丈夫? 夏美ちゃんも、調子悪そうだけど」
「ごめん、あたしも何か……」
あまり弱いところをみせるところのない夏美ちゃんが、見栄をはらずに正直にいっているところをみると、本当に辛いのだろう。
「一緒に保健室行こうか?」
「ありがとう……」




