第八十五話「これからもずっと」
そしてようやく夕方近くになった。
そろそろ営業終了。
やっぱりこうして何かしてる方がいいや。
片づけをちょこちょこしていると店のドアが開いた。
「おはよう、雪耶ちゃん!」
「こんちは」
智則と夏美ちゃんがいつものように店に来てくれた。
この時間、お客さんは帰り支度をしたり、ホテルに戻ったりで、いなくなる時間帯だ。
「あ、二人とも……いらっしゃい」
いつもの定位置のレジ近くのテーブルに座る。
「ぜんざい2つね」
ピースサインを出して智則の分まで注文する。
まったくお姉さん肌だな。夏美ちゃんは。
「うん、ありがとう」
ささっと注文票に書いて、オーダーを厨房に繋ぐ。
「雪耶ちゃん、どうしたの? いつになく元気がないけど」
智則がいつもと違うことには気づいた。
「うん、ちょっと……せい……」
きわどい発言をしてしまう。
「雪耶ちゃんっ、きっとここのところ店の手伝いが忙しくて、疲れてるんだよ」
言い掛けたところで夏美ちゃんが大きな声で遮った。
「そ、そうそう」
ボクも夏美ちゃんのフォローに慌てて頷く。
「そうか……無理しないでくれよ」
智則は納得した。
そして夏美ちゃんがすぐに耳打ち。
「雪耶ちゃん、ほら隠語、教えたでしょう」
小声でぼそぼそと。
「あれ……」
夏美ちゃんの真剣な目。気づかれているようだ。
さらに腕を引っ張られた。
「わかるよ、雪耶ちゃん……初めてだよね?」
「え? あ、うん夏美ちゃん……」
以前、まだきてないと話したことがあった。覚えていたんだ。
「なら休んだ方がいいよ。雪乃おばさんももう知ってるんでしょ?」
夏美ちゃんが母さんの方を、ときっと向いた。休ませて、といっているらしい。
母さんはため息をついて、小さく頷いた。
「どういうこと?」
そうだった。母さん、じゃなくて叔母ということにしないといけない。
「お、おばさんにはこ、こっちからお願いしたんだ。じっとしてる方がかえってつらくて……」
夏美ちゃんは、しばらくじっと見つめた後にささやいた。
やり過ごし方は、ひとそれぞれ違うから、とわかっているようだ。
「ともかく、フォローはするから」
「う、うん」
そして、できたぜんざいをテーブルに運ぶ。
「いただきます」
智則が割り箸を割って食らいついた。心配そうにこちらをちらっと見た後に夏美ちゃんも箸をつける。
ふう、これで一仕事おわり。
「あの馬鹿、塾通いで学校の成績良い割に、そういうところは気づかないから」
食べながら、のんきにテレビの情報バラエティを見ている智則。
「あ、あたし、運ぶよ」
夏美ちゃんが、食べた後の食器を調理場に運ぶ。
「ごめんね、夏美ちゃん」
「いいっていいって」
可愛いなんてもんじゃない。
あれは自虐。
突然、夏美ちゃんがピクッとなった。
すさまじい形相。
「雪耶ちゃん、ちょっとしてる」
小さな声だがドスのきいた声で。
「え? な、何かな?」
「血の臭いーー」
うげ。
「ちゃんと取り替えてる?」
「う……」
次の瞬間、太股を流れる一筋の血がーー。
「うぎゃああああ」
染みちゃってる。
……だめだ。
なんでこんな目に。
ぐああ。
ボクは本当は男だったんだぞ。
「行ってきまーす」
今日も朝から晴れだ。
もう完全回復で体調は万全。
朝、いつもどおり夏美ちゃんと智則がやってきた。
「おはよう!」
「よう、おはよう。雪耶ちゃん」
智則はいつも通り。
夏美ちゃんも挨拶。
「おはよう、今日はもういいの?」
「え、うん」
また小声で聞かれた。
「ごめん、二人とも」
「大丈夫? 雪耶ちゃん。なんか昨日、調子悪そうだったけど……」
智則も気づいていたのか……。
「もう大丈夫だよ。ははは」
心配ご無用とばかりに腕をぐるんぐるん回す。
「本当に?」
「うんもう絶好調」
無駄に過ごした土日を取り返さなければ。
その勢いで店の売り上げも。
「まあ終わってみれば、なんてことはないよ」
あれ。夏美ちゃん、なんか同意してくれない。うーん、と考え込んでいる。
「雪耶ちゃん……毎月くるんだよ」
「……」
「結構正確にわかるんだから」
「雪耶ちゃん?」
そ、そうだ……。げっけい。月のもの。
「いやあああああ」
「女の子の宿命だから」




