第八十四話「これからは〇〇の時代」
それからもぼんやり天井を見つめつつただひたすら部屋で休んでいた。
コチコチ時計の秒針が進む音だけがする。
なんか和らげる方法はないものか。
「お……そうだ。何かわかるかも」
起きあがって居間のノートパソコンを開く。
なんたって今は情報化時代だ。
雪ん娘だろうが女になろうが、いつだって情報にアクセスできる。
「ええっと」
ネットでしばらく検索していたら、TSとか男の娘とか、よくわからない単語がいっぱい出てくるサイトを見つけた。
男の子が女の子になる?
変身? 憑依? 入れ替わり? 転生?
まあいいや。
とりあえず書き込んでみた。
―すいません、ちょっと前に女の子になってしまったんですが……―
―お、新しいネタキャラか!?―
―昨日から、お腹が痛くて……―
―それでそれで?―
―やっぱりエロくなるの?―
―興奮する? 俺も―
―本当に辛いんだから、ネタにしないでくれよ!―
―今も苦しいんだよ、生理で―
―へえ、どんな痛み?―
―教えてよ―
―とにかく辛いんだって! からかうな!―
―なんだよ、ヒス起こしてるつもりなのか―
―演技下手だな―
―ネタとしてつまらない。tsYチューバーの山之下あかりちゃんの方が全然いいよ―
相手にされなかったよ。
さらにだめ押しの一言。
―もうちょっと女の子になったようなリアリティだした方がいいよ―
偉そうにご忠告だってさ。
リアルだよ!
腹が立ったので、二度と見てやるか。
くだらないやり取りをやめてパソコンから離れる。
誰だITだのネットはこれからの時代とか言ってたのは。
あー、くだらない。
ふて寝した。
だが寝るのも限界がある。
「あら、もう起きても大丈夫なの?」
母さんは居間で掃除と片づけをしていた。
寝ることに飽きてきたので一階に降りてきた。
ゴロゴロにも限界があるし、体が動かせないまで辛いというわけではない。
体が動かせないわけではない。
痛みがいつまでも終わらないというのがつらい。
何か他のことをやって気を紛らわした方がよいくらいだ。
自分用のエプロンを羽織る。
「なんか寝てる方が気になって仕方ない。色々考えててかえって良くなさそう」
「そう……無理はしないでね」
いつもどおりカウンターに立った。
しばらくしたら、お客さんがやってきた。
入り口のドアがカランカランと音を立てる。
「いらっしゃいませ……何名様ですか」
年輩のご夫婦二人を案内。
「……こちらの窓側の席へどうぞ」
「はい、ありがとう。若いのに偉いねえ」
「いいえ」
「すいません、オーダーお願いします」
「はいはい」
パタパタと奥側の席に座っている家族三人の注文。
「えーっと、これとこれと、これ」
指で指される。
「……はい、カツ丼1つにカレーライス1つ、きつねうどん1つ、以上でよろしいですか」
「うん、大丈夫です」
注文を眺めながらこのファミリーのおそらくお父さんであろう、ちょっと眼鏡でひげの大人の男の人が頷く。
「では失礼します」
続いて呼び止められる。
「こっち、いいですか?」
「じゃあ、この山菜うどん、二つね。ここのおすすめなんでしょう? 元祖って書いてあるお店、ここだけだし」
こちらは学生カップルの二人。
たぶん長期休暇を利用してきているのだろう。傍らには観光雑誌。あれこれどこをみようか楽しんでるに違いない。
二人ともお約束の名物の山菜うどんをご注文。
「そうですね、かしこまりました」
そして調理場にいる父さんに注文を通す。
「ネットに笑顔が素敵な可愛い名ウェイトレスがいて元気に注文受けるって書いてあったのにな……」
「なんかそっけないね、あ……そっか」
「お待たせしました。山菜うどんです」
ふう、これで注文は全部終えた。お客さんがちょうど途切れた。
ちょっと一息。
「こっちお願いします」
レジの前に食事を終えたお客さんが待っていた。
急いで立ち上がって会計をレジに打ち込む。
「はい1350円です」
最初の老夫婦の奥さんが帰り際、財布をバッグにしまいつつ。
「無理しないでね、お嬢ちゃん」
「え? あ、はい」
三人家族のお母さんが子供と手を繋ぎつつ出る際に声をかけられた。
「無理しちゃだめだよ」
「はあ……」
カップルの方の若い女性。
「辛かったら休んだ方がいいよ」
なんでやたらと声かけられるんだろう。




