第八十三話「いろいろ初体験?」
「うぐ……きつ」
寝込むほどではないけれども、居間でゴロンとしていた。
だるい感じはいっこうに抜けてくれない。
それにお腹もいたいし。
「何か欲しいものある?」
母さんが寄り添ってくれてはいる。
「……ううん。別に……」
それよりこのお腹の痛みをなんとかしてほしいのだ。
でもお腹は空いてないけど、のどはかわいているのには気づいた。
「そうだ……水飲みたい……かな」
「わかったわ」
やっとそれだけ答えた。
とりあえず朝起きてから、これまでに色々ありました。
下着の交換とか、生理用品の使い方とか。
それはそれは生々しいものがありました。
それらの衝撃に加えて、逃げていた現実に直面していたのもある。
女の子になってしまった以上きっとくる。
わかっていたはずなのに……。
「母さんは、こんなの辛くないの?」
コップに水を入れて持ってきてくれた母さんについでに聞く。
終わりを迎えない痛みに顔をしかめつつお腹をさする。
女子がなんで深刻に話して隠しているのかわかった。わかりたくなかったけれど。
これは確かに、洒落にならない……。
いや、トイレだの制服なんだのは、慣れればどうってことはないけれど……これはそういうもんじゃない。
その上、辛いのは身体的なことだけじゃない。
寝込んでいる理由は精神的ショックの方もかなりの割合を占めているのだ。
なにせ半年前はこんな現象とは無縁の男子だった。
女子の苦しみなんて永遠に別世界の話であったのに急に降ってわいてしまった。
そして根拠のない期待していた。
雪ん娘ってそういうのくるのかな? 妖かしの類はそういうのはないかもしれない。そんな淡い期待を打ち砕かれた。
だから、普通に女の子の現象が訪れたのは余計にショックがプラスされた。
「そうねえ……」
水を差しだした母さんは一瞬躊躇したが、少し重たそうに口を開いた。
コップを受け取って、んぐんぐ水を飲み干す。
「母さんも、雪耶と同じよ。やっぱり大変かな」
そっか……。
いつも明るそうなのに、心配させたくないので、気力で乗り切ってるのか。
ごめんなさい、母さん。いつも元気だと思ってたよ。
「元気だしなさい、雪耶」
ああ、女の気持ちを共有できてしまっている。
うれしいのか悲しいのか……。
「おはよう、雪耶!」
今頃父さんが起きてきた。
もうとっくに開店準備しないといけない時間なのに、よく寝てすっきりした顔。
いいよね、男って。こんな苦しみがないんだから。ボクだってあっち側だったのに、強引にこっち側に来させられたから余計に悔しい。
「お、雪耶、どうした」
なんか今日は父さんがいらっとくる。ボクがこんなに苦しんでいるのに。
母さんが父さんの腕を引っ張って廊下に消えた。
そして再び父さんが現れる。
その目の輝きようがさらにイラ要素だった。
「今夜はお赤飯だな、盛大に祝おう、娘が女になったんだから」
父さんが無邪気にはやし立てる。
「ぶっ○○すぞーー」
ギロリと一睨みしてうるさい言葉を止めた。
「ひ、きょ、今日の雪耶はいつもと違うな……。野性的になってるな」
子犬のようにきゃいん、と母さんの腕に抱きつく。
「しゅうちゃん、今はデリケートになってるんだから、あんまり冷やかしたりしたら駄目よ」
「お、おう。わかった」
すごすごと出て行く父さん。
「とにかく、今日は学校もお休みだし、ゆっくりなさい。店番はしないでいいから」
母さんの労りがありがたい。苦しみをわかってくれる相手がいるのは心強い。
「う、うん……」




