第八十二話「春のあしおととあれの日」
夢を見た。
二人が白銀の世界に立っていた。
父さんと母さんだ。
そして腕の中のボクはまだ赤ん坊。母さんに抱きかかえられていた。
父さんは泣いていた。あの父さんが泣いている。泣き顔なんて一度も見たことが無いのに。
これが最後じゃないわ。元気でね、修ちゃん。励ます母さんの手からボクを受け取った。
母さんは降りしきる雪の中に消えていった。
父さんはいつまでも見送った。
ボクは何もできない。それが長い別れであることも知らずに、ただきゃっきゃと笑っていた。
目を開いた途端に真っ白。
窓から明るい朝日が差し込んでいた。
「う……」
思わず顔をしかめた。
まぶしい。
氷清村は、ここ最近天気が良い日が続いていて、今日も雲はところどころ浮かんでいるが青空だ。
冬の間は、常に曇りで雪がいつの間にか降り出している。ずっとそんな天気ばかり。
三月に入っても村にはまだ普通に雪が降るが、徐々に標高の低い麓の集落には雪解けの兆しと青い緑が見えるようになってきた。
気づくと本格的な春の足音が聞こえてくるようになった。
まだまだ最大の観光資源のスキーはできるし、そのスキー客も土日休日には押し掛けてきている。
だが、いよいよシーズンは終わりが近づいている。
そして土曜日朝の今日。
朝から晴れ。女子ソフテニの日曜練習は、今日はお休みにさせてもらって、朝から店に張り付く心づもりだった。
「うーん……」
けれども目が覚めたときから変だった。
寝起きが悪い方ではないのに、なかなか起きられなかった。変な夢見のせいではないと思う。
「雪耶、随分寝てるけど大丈夫?」
布団から出られずにうだうだやっていたら、部屋の戸が開いて母さんが様子を見にきた。
既にボクに変わって朝の掃除やら準備をしてくれたみたいで、シャツとズボンという季節はずれのラフな格好である。
そこいらのお姉さんよりも断然若くて綺麗で大胆。
だが、そんなことにも突っ込みを入れる余裕は無い。
「はーい、もう起きるよ母さん。うーん……」
這い出るように、ゆっくり起きあがる。
「なんかやたら、暑いな……」
寝ている間、汗をかいていたらしく、妙に暑苦しい。
頭もすっきりせず、ぐったりしていた。
元気が出ない。
昨日から変な感覚はあった。味覚が変というか、ご飯がおいしく無いというか。
これでも元気なことには自信があったから、きっとちょっと疲れてるだけ。そう思ってさっさと寝た。
色白だけど、健康だけは優良児なのが売りだ。
こういうとき、いつもは一晩寝たらだいたい治っているはず。そう高をくくっていた。
なのに、今日も駄目だ。
立ち上がって歩き出すとさらに変だった。
「なんだ……この暑くてだるいのは」
イライラするし。
ひょっとして暑くなってきて体がおかしくなってるのでは。
これも雪ん娘の特性なのかな?
まだ3月でこんな状態なのに夏が来たら、一体どうなるんだ。
溶けてなくなってしまう。
頭に雪女の言い伝えがぐるぐる巡る。お風呂に無理に入ったら氷柱になって消えていたとか、消滅したとかそんなお話が……。
以前聞いたときに、母さんは笑って心配いらないといっているけど、消滅なんて洒落にならない。
「……んん……あれ……」
お腹をさする。
なんか痛い。初めて経験するような痛みだ。
下腹部が重たいような……。じとっとくる痛さ……。
食あたりしたとかでもないし、今まで経験してきた腹痛とも違うような感じ。
やっぱり体の様子がおかしい。
とりあえずトイレに行こう。
階段をとんとん下りる。
そして。
「ぬのああああああぁぁああ」
トイレから家中に響くボクの叫び声。
「どーしたの!? 雪ちゃん」
パタパタかけつけてくる母さんの足音と声。
女の子の日でした。
初体験。




