第八十話「急転!?」
「じゃあ、お、お先に失礼します」
しまった。声がうわずった。
「お疲れさまでしたっ」
「北原先輩、また明日」
ボクのおっかなびっくりの挨拶に、一斉に一年生女子テニス部員たちから挨拶を返されて恐縮する。
ラケットをおのおの片手に持ちながら、屈託のない笑顔だ。
「また家のお手伝いですか? 頑張ってください」
部活は終わったものの、まだ後片づけが残っている。
そういう作業を免除してもらって、今日はさっさと家路につくのだ。
「う、うん。後、頼んだよ」
「任せてください」
規律正しい女子テニス部は、長幼の序というものがしっかりしている。
入ったばかりのボクにまで、礼をわきまえているのだから。
その分その上、女子たちの先輩として振る舞わないといけない。そして練習はしっかりしなければいけない。
今日もくたくただ。素振りは何回やっただろう。
厳しい女子テニス部、そして人間関係の中で、早引きなんてことができたのは、部の重鎮の夏美ちゃんのはからいがあってのことだ。
北原さんは家の手伝いがあるから、と大目に見てくれと根回ししてくれているのだ。
「気にしないで遠慮なく先に帰っていいよ」
そしてこっそりボクに耳打ち。
「あとで……あたしも雪乃亭にいくから」
「そう、ありがとう」
女子同士だと妬み、やっかみ、仲間外れってあると聞くけど、大丈夫なのかな。ずっと無縁でいられるといいんだけど。
そんなことを思いながら、そそくさと帰宅準備。制服に着替えて、さっさと練習場を後にした。
そういうことで、まだ早いうちに家に帰ることができたのだ。
「さよなら、北原さん」
学校を後にしようと下駄箱のところで、別の部の二年生女子たちから挨拶。
「お、もう部活終わったの?」
すれ違う男子からも。
声かけられるのが以前より多くなった。
「あ、さ、さよなら」
一々挨拶を返す。
中島先輩ともすれ違った。例の告白してきたイケメン先輩である。
「ああ、北原さん。こんなところで偶然だね」
この間のことが思い起こされ、なんとなく気まずい……。
「先輩。高校、合格、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
でも何事もなかったかのように挨拶を交わして終わった。
そして帰路についた。
「うん?」
店の前に黒塗りの車が留まっていた。
家の道は一度除雪されたけど、また降り始めたせいで積もり始めている。
ついでに黒塗りの車はてっぺんが白くコーティングされてっている。
眺めていたら、誰かがちょうど店から出てきたところで、何度も頭を下げている様子が見えた。
店から出てきて、目の前を通り過ぎていく。
ボクの方にも気づいて頭を下げてきた。
そして車で去っていった。
ポカンとしていると、父さんが気づいて出てきた。
「おう、おかえり、雪耶」
「誰? あの人たち」
「氷倉ホテルの支配人さんだよ。一緒に料理長もきた」
「な、なんで!?」
今や氷清村の随一の存在の氷倉ホテルがあやまりにくるとはよほどのことだ。しかも競争相手だ。こちらが一方的に思っているだけだけど。
「謝りにきたのさ」
父さんがことの経緯を説明してくれた。
「うどんの件、調べたら、ホテルの従業員がうちのホームページを見て、こっちもやってみようって思いついたのがきっかけだといってるんだ」
「それに、商工会の人が抗議してくれたみたいだ。サイトのキャッチコピーまで似すぎているって」
みんなホームページ見ててくれたんだ……。
毎日少しずつ増えていたアクセス数。
あれはロボットじゃなかったんだな。
「それで?」
「いやー、メニューはそのまま変えなくてもいいって言っちゃったよ」
「ええ!?」
つまり現状変わらず。
「どうせ真似しようとしたら、いくらでも真似できるものだしな。特許なんかあるようなもんでもないし」
「まあ、そうか……」
別に山菜うどんなんて珍しくもないかもしれない。
言われてみれば。
一瞬芽生えた心の棘が消えていった。
「さあて。お手伝い。父さんに任せておくと、心配だからね」
「おいおい」
制服から服に着替えるため奥に向かう。
慣れてきたとはいえ、女子の制服……セーラー服もスカートもやっぱり戸惑うものがあった。
そして自分用のエプロン、やっぱりこれが一番落ち着く。
雪哉の時も雪耶の時も。




