第八話「思いで話」
あれからずっと母さんと会話した。
友達やら、勉強や部活、学校のこととか、今の自分について。
古いクレヨンの絵を見せた。
「これ、幼稚園のころに描いた母さんの絵なんだ」
「あら、上手ね」
小さい頃から母さんを前にしたらやりたい、見せたいと思ったことについて1つ1つやっていく。
「あ、これ。小学生五年生の時に智則と一緒に林間学校に行った写真なんだ、こっちは夏美ちゃんで……あ、こっちは運動会で僕が一等になってんだ」
持っている写真を見せると興味深そうに覗き込む。そして熱心に聞いてくれる。
失った時間を急激に埋めようとばかりに――。
「ふうん、雪哉も友達がいっぱいできたのねえ――」
「二人とも、しょっちゅう店に来るから、母さんにも紹介するよ」
母さんは頷きながら優しい笑顔で聞いていた。
ただそれだけなのに、僕は嬉しかった。とても幸せを感じた。
とりあえず女の子になってしまったけど、母さんにあえたことに比べれば、そのことは今は置いといてもいい。僕はそう思った。
父さんも、これまでの苦労をとつとつと母さんに語る。
ずっと店を守ってきたこと、見知らぬ土地で始めた店の営業の苦労話。
親戚から繁盛しない店をたたむ様に何度も勧められたことなど、ボクの知らないことも話した。
「修ちゃん、ご苦労様、大変だったんだね」
「ありがとう、雪乃」
店が苦しい原因の一つに酒好きとパチンコ好きもあるのだが――。
だが今は突っ込むのをやめた。
父さんは、確かに酒とパチンコは好きだ。だが、ボクが物心ついてから今日に至るまで、女性関係に関しては浮いた話を一切聞かなかった。ことその一点に関しては潔癖だった。
ボクもそのことを不思議に思わないでもなかったがその理由が今日わかった。
父さんは母さんを待っていたのだ。十四年もの間――。
今、再び仲睦まじい二人の様子が、今は眩しかった。
長い語らいは尽きることがない。
時間は瞬く間に過ぎてゆく。いつの間にか外が暗くなってくる。
でも母さんはどこへも行かない。ボクの元を離れない。
さすがに語り疲れて一息つこうと父さんが立ち上がってキッチンに行った時だ。
「そうだ、雪哉、このあと一緒にお風呂入る!?」
「お風呂!?」
「昔は一緒に入ってたじゃない、あ、雪哉はまだ赤ちゃんだったけど……」
「い、いいよ、自分で入れるから――」
何か重大なことにならないように、席を立った。
「僕、先に行ってくるよ」
「あら。残念。また今度ね」
そして、洗面所に立った時に気付いた。
鏡には、やっぱり朝見た女の子が映っている。
母さんとの再会で、一時脇に置いておいたが、この事態がまた頭をもたげてくる。
そうだ。ボク、今は女の子の身体……ってことは――。
もう一度膨らみのある胸に手をやった。
(うう……やっぱりか)
服を脱ぎ捨てる。
初めて裸になって自分の身体を見た。
くらっときた。
(これが……今のボクなんだ)
すぐに目をそらしてしまった。
決して自分の身体を見ないように。
そりゃボクだって、男として生きた十四年がある。女の子に対する興味も人相応にあった。
けれどもそれが自分だなんて……。
そりゃ可愛いと自分でも思うけれど。
自我と興味が頭の中で激しくせめぎ合っている。
そして、目を閉じた。これ以上は心と身体に毒だ。今は頭を混乱させたくない。
目を薄く閉じたまま、風呂場へ駆け込みシャワーの蛇口を捻る。
体をツタう水の感覚や体を洗う時に感じる男の子とは違う部分は、心を動揺させる。
胸、お腹、お尻、つま先に至るまで、違いを感じる。
自分の体に起きた変化を認めていないこともある。目を逸らしてるかもしれない。
色々あったし考えないといけないことがあるけど、今は母さんがいる。それだけで良いじゃないか。
難しいことは先送りしよう。
行水のように浴びたシャワーを終えて、体を拭く。
女の子用の服などないので、全部男物だ。着る感覚も今までと違う。
全体的にスリムになっているせいか、ゆるゆるで、そのくせお尻のあたりがきつい――。
体つきがすっかり変わってるのだろう。
「はあ……」
一息だけため息をついた。
ジェットコースターのような一日で疲れが出てきた。
だが――次の試練が待っていた。気を緩めた瞬間に、股間の圧迫感が強まった。
「げ……こ、これって……」
この感覚を知っている。この現象は……もよおしている。つまりタンクがいっぱいなのだ。
感覚がこれも男子と違う。微妙な位置や力の加減も。
もっと身体の内側であり、より強い。
「なんで、こんな目に……」
そしてボクはトイレに駆け込んだ。
なるべく目を逸らそうとするボクに、この体はこれでもかと追い打ちをかける。
か、母さんが帰ってきたんだ、今はこれしきのこと……。