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第七十九話「凍子の心」

 凍子が、母から自分の父が里の男であることを聞かされた時は、驚きのあまり泣いた。

 雪女は女だけの存在と世界。ずっと信じていた。

 そして男は山を汚す忌まわしい存在。汚らわしい。そして精気を奪うためだけのもの。

 どうやって自分が生まれたか、初めて聞いて衝撃を受けた。

 三日も泣いて誰とも会わなかった。

 純粋に信じていた。

 だが、自分や母だけでなく他の雪女も同じように男にひかれ恋をして雪ん娘が産まれた、そんな逸話がいくつもあることを知った。


 凍子はやがて自分の父に会いたいと思うようになった。

 毎日、毎日、お願いをした。

 会いたい。

 そう言い続けて母冷子を、困らせた。

 母も元来人が嫌いであった。

 その母が自ら人里へ足を運んで、父を探しここへ呼び寄せて、なんとしても会わせると誓ってくれた。


 そして約束どおりその願いは叶った。

 だが――。

 別離の日々はなおも続いた。

 父と母と共に過ごしたい。

 新しい願いがその胸を覆っていた。

 修行するとして、山を離れて人里で暮らすことを選んだ。





「お帰りなさいませ、お嬢様」


 正装のスーツを着た使用人たちが、戻った凍子をうやうやしく挨拶をする。

 

「お父様は……?」

「お仕事で当分こちらにはお帰りにはなりません」

「そう……」


 ホテルの最上階の一室で、いつも一人で父の帰りを待ちわびている少女の姿に、心を寄せる者もいた。

 複雑な事情を知らされていない。

 週に一度帰ってくるかこないか。そしてすぐに帰ってしまう。


 そんな凍子が父へ何かしてやりたいと願った。

 そして、周囲の者に何か父へできることはないか相談を持ちかけた。

 良いアイデアは何か無いか、と尋ねたときに、悩んだ末に持ってきた案がこれだった。

 新しい食事でもてなす。父へもてなしたい。

 熱いものは苦手だが、これなら自分ができる。

 すぐに採用した。

 雪耶の店は真似をしたに決まっている。そう信じていた。


 慣れない洋服に着替え再び部屋を出た。

 氷清ホテルの地下にある厨房へ、氷倉凍子は他の雪ん娘にも手伝わせず自ら取った山菜を送り届ける。


「きっと喜んでくれる」

 

 評判が良いということに機嫌を良くしていた。

 ホテルの厨房の脇を通ったとき、身を寄せながらヒソヒソ話をしている料理人たちに気づいた。

 手にしているのはスマホという人が扱っているもの。

 まだ良くわからないが、凍子も見よう見まねで触ったことはある。

 そして良からぬ雰囲気を感じ取った。


「雪乃亭に載ってる奴……うちもやってみましょうよ」

「ほう、きのこうどん味噌味、なかなかいいじゃないか。真似してみるか……」


 不審な会話を凍子は聞き漏らさなかった。


「一体、どういうことかしら?」


 こそこそしていた二人は、凍子の姿にはっと気づいた。


「あっ、凍子様」

「こ、これは……」


 さらには、彼らの傍らの作業台に無造作に置いてあった雪乃亭のちらしを見た。

 山菜きのこうどん、雪乃亭オリジナル、の見出しが入っている。


「説明しなさい、あなたたち」

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