第七十七話「ごめんなさい、お姉さま」
小さな山の合間。
おそらく雪が溶ける時期には小さなせせらぎが流れ落ちる沢になっているところだ。
なんとなく、雪の下からちょろちょろ流れている音がするような……。
「お、あったあった」
雪の合間に緑がにょっきり見えた。
氷見子のいったとおりの場所に数々の山菜を見つけることができた。
確かに嘘はついていない。
「いやー、大量だ」
氷清菜、氷清ツルタケ。冬の間も、雪の下にも生えていて、豊富に育っているという。
持ってきた駕籠はやがていっぱいになった。
これで赤字問題はとりあえず解消に向うはず。
材料はいっぱい取れた。
「そ、そろそろ。ええでしょう」
氷見子は他の雪ん娘に見つかりやしないかキョロキョロしている。
「いや、もう少し続けよう」
流石に次に見つかったときは同じ手は通用しないから、今回が勝負。氷見子を従えることができるのは今だけ。
だからなるべく粘る。
さらに奥へ分け入ることにした。
つづいて氷針谷という名の通り木が針のように突き出て並んでいる地区だ。
見ているだけで体が凍りそう。
さらなる氷の世界。年によってはこの辺りは夏でも雪が残る場所。
もちろん冬は到底人がやってくる場所ではない。
「あっ!?」
大きな声が響いた。
振り返る。
切り立った崖の上に、凍子がいた。
雪ん娘の着物姿である。
片手にはやっぱり山菜と思われる大きくぎっしり詰まった布袋を手にぶらさげている。
どうせ指示するだけのタイプと思っていたが向こうも自ら動いていたとは。
意外に行動派だったようだ。
「やあ、こんにちは。山育ちの似非お嬢さん」
せっかく挨拶してあげたのに無視された。
「あなた……雌猿と何やって」
どちらかというと、ボクよりも隣でアイスをまだ食べている誰かに気がついたようだ。
そして睨む。
「なんで一緒にいるんです」
睨まれた当該本人も驚愕の反応だ。
氷見子の持っていたアイスの袋がどさっと落ちた。
「あ、と、凍子姉様。ち、違うんです。こ、こいつがずるくて……」
青ざめた氷見子の顔があわあわしている。
「では、その手に持っているものはなんなの?」
氷見子のもう片方の手には三塁打バー。コーヒー味。
もちろんどうみてもボクと打ち解けている証のもの。
流石にこんな時は食べるのやめたほうがいいと思ったが。
「いやー、里のアイス、気に入ってくれたみたい」
「本当なの?」
さらに焦る氷見子ちゃん。いいのがれできない状況に、おさげまで焦ってぶらぶらしている。
「違います、こいつのでたらめ」
「何いってるんだよ、氷見子ちゃん。もう七本目じゃん」
「あ……あ……」
本当のことを言ったまでだけど。
辺りが急に吹雪いてきた。
凍子の周囲の雪が舞い上がっている。
まず。怒っているぞ。
どっちかというとボクではなく凍子の方だけど。
やばい。逃げよう。
「じゃあね、氷見子」
「ああ、あんたっ」
逃げるが勝ち。
「氷見子、あなた、この食いしんぼう」
「ごめんなさいっ姉さまぁ」
悲鳴が聞こえてきた。
どしん、という雪が揺れる音もついでに。




