第七十六話「美味しいものには勝てない」
「こ、これは……そうじゃなくて……」
氷見子は手を横に振って、その小さな目を大きく見開いている。
食べ物を使う利点は、一度食べてしまったら、もう戻せないことだ。お腹に入ってしまえばこっちのもの。
「いやいや、気にせずもっと食べてもいいんだよ」
立場逆転。攻守交代。作戦勝ち。
「よ、よくも……はめたわねっ」
しかし棒アイスをペロペロしたまま。口は止まらない。美味しいものには体は正直だ。
「別に、見返りなんかもとめてないんだから……ちょっとだけしか」
施しを受けたら返さないと駄目。
わかってるよね、とちらっと横目でみた。
「な、何が目的なの!? あんたに従うわけにはいかないわよ。あたしは凍子姉さん一筋なんだから」
アイスくわえながらそれ言ってもねえ。
見透かされているのを感じたのか、氷見子の顔はますます真っ赤に。
「わかってるって。ボクは山菜が欲しいだけだから。それに……」
もちろんただでとは言わない。
「その袋に入っているアイス、全部あげるから」
「本当か!?」
ほっこりしてて、氷清弁がでているときは可愛いよね。
袋をがさごそ。
「それで、どこかな?」
あくまで笑顔を絶やさずに。ポンと肩を叩く。
「……あ、あっちの方の岩山の辺りに沢山ある……」
ついにポロッとしゃべってしまった。
調略成功。
あっさりかかってしまった。
「ありがとう、じゃあ取りに行こうか」
そのまま手招きして氷見子に来るように促す。
「ああ、凍子お姉さま……に見つかったら……」
それでもまだアイスに食らいついていた。
「あ、こっちも美味しいよ。ほら、箱に入っている袋入りの……」
「本当だ? おいしい」
最中アイスをぱくつく氷見子さん。気に入ったようだ。
和風テイストがお好みみたいですね。ついでに堅い堅い小豆味アイスもお勧めしておいた。
「こっちも、美味しいっ」
よりどりみどり。
「里にはいろんなものがあっていいなあ」
両手に持って、幸せそう。片方食べたら、もう片方をなめて。
さらにもう一本。
あんな豪勢な食べ方はボクでもしない。
「ならおいでよ。もっと美味しいアイスがあるから」
地元には自家製アイス、地元特産の果物をフレーバーに使ったソフトクリームなどなど。
氷清村は観光だけでなく、農業もそれなりに盛んである。
まあこの時期は売れ行き芳しくなくて取り扱ってるお店はほとんどないけれど。
ボクの一言だが、即座に首振って否定する。
「あんなおっかなところ、行けるのはあんたか、凍子姉さんぐらいよ」
「へえ、おっかない、ねえ」
なんか変な感じだ。こちら側からすると、雪女の方が脅威に思われてるのに。
「あんたこそ、あんなところでよく過ごしてるよ。母様からよく聞かされたからね。良くないのがいっぱいいるって」
「そんなことないよ」
「だいたい、里の人間、山を荒らすし……」
はあ、ボクが最初から女に生まれていたら、こいつらと同じ境遇だったってことか。
だいぶ時間稼げそうだ。




