第七十二話「負けない」
店のドアを開けるとカランカランと音がなった。
「お帰りなさ……あら、随分派手にやってきたのね」
ちょうど店番をしていた母さんがエプロン姿で立っていた。
お客さんも偶然かいない。
「……うん」
そのまま店の裏方へ。
よほどしょんぼりしていたのだろうか。
ボロボロで言葉数少ないボクの様子で、どんな結果だったか悟ったようだ。
「その様子だと……形勢は不利ってとこかしら」
「……」
小さく頷いた。結局大事な山菜は取られた。
「母さんが行こうか? これでも昔は……」
腕まくりして白く細い腕をボクに見せてくれた。
でも途中で遮った。
「いいよ、親に出ていかれるぐらいなら、またやられた方が――」
情けなくて背を向けてしまった。
「そういうところは、男の子ねえ、ま、少しは力になれることもあると思うから、無理して抱え込んじゃ駄目よ」
「うん」
階段昇って部屋に戻っていった。
ごろん、と布団をひっ被る。
こうなったら不貞寝しかない。
だが、凍子に後れを取ったことや、情けない氷見子とのやりあいが頭に思い浮かぶ。
店もやられっぱなしで、雪ん娘にもやられっぱなし。
「うう……」
泣かないぞ。
悔しくても、これが現実だ。
泣いて解決するならいくらでも泣くけど。
横になりつつ考える。
こりゃ駄目だ。
山の幸を探索するのなら、山が本拠地の向こうの方が上だ。
こっちはアウェイだ。
さらに雪ん娘を仲間に引き入れて人海戦術か。
ホテルだけじゃなくてこっちも物量で負けてるのか。
能力では負ける。肉弾戦も奇襲が塞がれた今となっては、勝ち目なし、となれば――。
八方ふさがりだ。
もう少し雪ん娘修行をまともにやってれば……とも思う。
ふてくされてばかりでなく、母さんの言いつけと修行に取り組んでいたら、少しは違っていたかもしれない。
けれど、今から心を入れ替えて修行を真面目にやっても、目の前の課題、山菜確保に間に合わない。
力はどうしようもない。
八方ふさがりで、寝ころびながら頭抱える。
「何かいいアイデアは……」
本棚が目に入った。父さんが買って挫折して何故かボクの部屋にある本の数々。啓発本「押して駄目なら引いてみよう」経営本「兵法に基づく経営戦略」「漫画偉人伝:織田信長」
最後のはボクのだ。
そうだ。こっちがあるじゃないか。
山育ちのお嬢様をやりこめる手段が――。
力攻めが無理なら、作戦変更。
行動はすぐに移さないと。
ガバッと起き上がって、部屋を出て階段を駆け下りる。
「あら? 雪耶。もう起きてきたの?」
まだ店番をしていた母さんは目をまるくさせた。
今日一日部屋に籠っていると思っていたみたいだ。
自分でも思う。あれだけこてんぱんにやられたから。
「母さんよりも切り替えが早いわね」
ちょっと呆れた感じだ。
くよくよしててもお店は繁盛しない。
店の子に生まれ育った習性だ。
「ねえ、母さん。もし知ってたら教えてよ」
作戦を立てるのだ。
母さんの力そのものは借りないが、知識は借りられるだけ借りる。
「なんでも聞いて」




