第七十話「氷見子の襲撃」
「何するんだよっ」
顔は雪だらけ。口の中にまで雪が入って、ぺっぺと吐き出しながら、睨む。
「あはははは、ぶさいくな顔」
なんかデジャブを感じるシチュエーション……。
氷見子とやらは、小憎たらしい笑みを浮かべている。
色白で雪の背景にとけ込みそうだ。
見覚えのある片側おさげの女、着物姿。
あ、あいつは……いつぞやの時に凍子の奴と一緒にいた。
一回り小さい。
あの時の雪ん娘の一人だ。
「お、おまえは……」
「久しぶりね。里の雌ガキ」
どうみてもそっちの方がお子さまだぞ。
「雪耶だよ。氷見子」
早速お互いにらみ合い。
しかしあちらも不敵な笑いを浮かべている。
「凍子姉さんの邪魔はさせないわよ」
案の定凍子に関係ある奴の妨害か……。
「それに、あんときはよくも髪をひっぱってくれたわね」
「え? そうだっけ?」
あんまり覚えていないや。あの時は無我夢中だったから。
「そういえば、そんな気もするなあ」
せいぜい雪ん娘Bとか雪ん娘Cとかしかの認識でしかない。
ピキッと何か切れるような音がした。
「ふん、まあいいわ。今日はこっちが目当てだから」
氷見子が手に袋を持っていてぶらぶらこっちに見せつける。
「あっ」
いつの間にか奴の手にボクが取ったばかりの山菜が……。すぐにやられた、と気付いた。
「待て!」
体を翻してさっと木々の中に消えていってしまった。
せっかく取った山菜の袋を取られた。
「今気づいたの? 雪ん娘のくせに、どんくさいのねえ」
氷見子の、逃げながらあははは、と笑う声が聞こえた。
「進んでこうなったわけじゃねえよっ」
もちろん、すぐに後を追いかける。
「あはははは、ここまでおいで」
山の斜面、樹氷を自由に駆け回ってゆく。
は、はやい。
風のように駆け抜けていく。
やっぱり……山育ちの雪ん娘には勝てない……こっちは完全にアウェイだから。
「ま、待て!」
それでも精一杯に走る。
「しつこいんね」
相手は木々の中を自分の庭のように走り抜けていく。
「くそっどこだ……」
ついに、氷見子の姿を見失ってしまった。
大きな木の下でキョロキョロ。
見失ってしまったか。辺りは冬の樹木が立ち並んでいる。
「ちくしょう、逃げやがってーーん?」
ふいに頭の上から何かが落ちてくる気配がする。
木の枝につもっている大量の雪がどさっと落ちてきた。
「うわっおっとっと」
慌ててよける。危うく潰されるところだった。
「あはははは、もう少しだったのに、惜しいなあ」
氷見子の笑い声が聞こえてきた。
別の木の幹からすっと姿を現す。
「あ、そんなところに……」
気配を上手に隠していて全く気づかなかった。
次の瞬間、顔にべちゃっという衝撃。
「へぶっ」
雪のボールを投げられた。すぐに壊れやすい雪のせいか、顔に広がる。
「ぺっ」
またまた顔についた雪を払う。
「うわっちょっ」
奴はどんどん投げてくる。
木の枝にボールがぶつかると、微妙なバランスで積もっていた雪がいっぺんに尋常じゃない量でどさっと落ちてくる。
「危ないだろっ」
くそっ。馬鹿にしやがって。睨みつけると、さらに奴は逃げ出した。




