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第七話「母さんっ」

「あら、誰もいないのかしら?」


 その綺麗な声の主の履き物を脱ぐ音が聞こえる。


「よいしょっと」


 声の主はなんの遠慮もなく家の中にあがってきた。まさに自分の家に入るような自然さだ。

 その声や軽やかな物音から女性だということがわかる。

 いくらなんでも偶然じゃない。まさか本当に……。


「え? え?」

 

 急展開に頭がついていかない。

 足音がとんとんと響く。

 この居間まで近づいてくる。


「雪哉も母さんに会いたかったんだろ?」

「そ、そんなこと言われても、こ、心の準備が――」

 

 だが、もちろん足音を立ててやってくるそれは待ってくれない。

 やがて、その気配は現実的な姿を持って現れた。


「あら、二人ともここにいたのね」


 背後にいる気配を感じた。若く、はつらつとした綺麗な女性の声ーー。


「まさか……」


 廊下からすっと現れたのは、着物を着た美しい若い女の人でその人は笑顔で立っていた。無地の白い着物に赤い帯。無駄な調味料も添加物もない、素朴な衣装はかえって美しさを際立たせていた。


「雪哉、大きくなったわねぇ」


女性はボクに目を止めると嬉しそうな表情に変わる。


「うそ、そんなっ」


 その人は僕が唯一持ってるあの写真に写っている女性と寸分違わなかった。

 生まれてから14年、平べったい写真でしかみたことのない、母さんその人が、実体を持って、そこにいたのだ。夢でも幻でもなく確かに目の前にいる。


「雪乃……お帰り」


 悲鳴をあげるボクを置いて父さんは、言葉を詰まらせ、感無量と言った様子で迎えた。


「ただいま、修ちゃん」 


 母さんに挨拶された父さんは似あわない涙まじりの笑顔で母さんを抱きしめた。


「会いたかったよぉ、雪乃。もう何年ぶりだろう」


 臆面もなく、感情を発露させる。


「久しぶり、修ちゃん。あらら、随分白髪が増えちゃって。苦労したのね」


 母さんは頭を撫でた。

 その父さんのまじっぷりに、本当にこの人が父さんがいう母さんであることを具体的に実感する。


「それから……雪哉もね、女の子になっちゃったみたいだけどーー」


 若い華やいだ笑顔とともに、ウインクした。

 明るく元気いっぱいーー。

 母さんは、今まで抱いていたイメージとは、また違っていたが綺麗だった。

この人がボクの母さんーー。


最初の対面が終わると、改めてテーブルを三人で囲んだ。


「雪哉。会いたかったわよ。赤ん坊の時以来ね」


 ボクの隣に座った女性、つまりボクの母さんがこちらを真っ直ぐに見据えながら話す。


「あ、あの……本当に母さん、なの?」

「ふふ、そうよ、あなたの母さんよ」


 母さんは笑ったまま頷いた。

 案外、自分がこういう状況におかれると、ドラマのような感動の再会というより、照れの方が先に来る。

 驚いたのは写真とまったく変わっていない。短めだが綺麗な黒髪、白い透き通るような肌……みようによっては少女のようにみえる若々しさ。

 まさに写真から出てきたようだった。


「二人とも元気そうで良かったわーー」

「もちろんさ。雪乃が帰るまでは絶対ここで待つって決めてたからな」


昔の記憶を呼び戻すように思い出を語る。


「生まれて最初の一年は、母さんと修ちゃんと雪哉の三人で暮らしてたのよ。もう十年以上前のことだけどねえ」

「ああ、あの時が一番幸せだったなあ。店もまだ新しい匂いがしててーー」

「雪哉の誕生とお店の開店祝いを一緒にやったりもしたわね」


( ボクは全く記憶にない話だ)

ただ黙って頷いて聞いていた。


「覚えてなくて当然よ、最後に抱っこしたのは、母さんが、山に帰る時だったけど、まだ雪哉がこーんなにちっちゃくて、おむつも取れてなかったし」

「なんで……その、山に帰っちゃったの?」

「それが山の神様に、これ以上人里で暮らすのはいかんって言われちゃって、戻らざるを得なくなったのよ」


 そこで一旦話を止めると、母さんは部屋を眺めた。


「この家もあの時から変わってないわねえ、あ、この時計父さんと母さんが一緒にこの店を始めた時に、買ったのよ。この箪笥も」


 僕はただずっと頷くばかり。


「あら、さっきから静かだけど、結構人見知りなの?」

「いやー、そんなことないんだけどなあ。最近は父ちゃんにもきついこというようになって……」

「あら、雪哉は反抗期?」

「そ、そんなことないよっ」


 あらぬ疑いに慌てて否定した。


「でも立派な子に育ってるようで安心したわ」


 母さんはふふっと笑った。


「そ、そのボクの母さんなんだよね」

「そうよ、ずっと雪哉のことは、忘れたことは一度も無いわ」

「そ、その……もっと近づいてもいい?」

「いいわよ、ほら来なさい」


 誘うように両手を広げた。


「母さん……」


 匂いを感じるぐらいに、近づくとそっと抱きしめてくれた。

 色々とおかしいところはあるが、子供の頃はなんども夢にまでみた母さんに抱きしめられた。

 母さんの手は最初ひやっとしたけど別に冷たくも何ともなかった。

 むしろ温もりすら感じた。

 そしてボクは初めて母さんと再会したことを実感した。

 同時に涙が溢れてきた。


「うう……」

「あらあら、雪哉ったら……」


 父さんと同じく、頭を撫でられた。優しい感触にボクの心は震えた。

 身をもって感じられる――。



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