第六十五話「ひらめき」
ゆらりゆらり近づく。
「この三万円、競馬とパチンコですったんじゃないの……」
「は、話せばわかる!」
後ずさり。そして襖にぶつかる。
「話せばわかるの? ギャンブルにつぎ込んだ言い訳……」
「いや、わからないけど、一応言ってみた」
「問答無用!」
その時、部屋の襖を開ける音がした。
「あらあら、元気ね、雪耶」
のんきな声で部屋に入ってきた白い和服姿の女性ーー。
母さんだ。
「にんじんを二本、頭にくくりつけてどうしたの?」
この修羅場にのんきな声。
「雪乃~、あの鬼娘が父さんに迫ってくるんだ」
助かったとばかりに、母さんの足下にすがりつく。
そしてボクを指さす。
「あらあら、可愛そうに、修ちゃん……娘にいじめられちゃったのね」
よしよし、と頭を撫でる。
ボクが悪者みたいな扱いだぞ。
「だいたい父さんが……」
「まあ、雪耶が怒るのはわかるけど……今に始まったことじゃないでしょう」
お酒好きとギャンブル好き。
「母さんは父さんに甘い!」
「学校の制服も家の衣服にもお金がかかったんでしょう? その分のお金もだいぶひびいているんでしょ?」
「そりゃまあ……」
確かにそれもその通りだ。
ボクの身に起きたごたごたも赤字の原因ではある。別に好きでこうなったわけではないけれど、そこを突かれると返しようが無い。
胸のとげとげしい興奮はみるみるそがれていく。
「はあ……助かった」
ほっと一息ついている父さん。許したわけじゃないけど。
でも、これ以上切り詰めるとなるとマジに食費を切り詰めないといけなくなる……。
「それより雪ちゃん、今晩のご飯……何がいい?」
「え? 何?」
台所に誘われて向かうと、キノコや山菜が山ほどキッチンに置かれていた。
しいたけ、しめじ。春菊。
松茸まであるぞ。
土混じりの新鮮な香りが鼻をつく。
「な、何これ……」
驚きに言葉を詰まらせる。
「驚いたでしょう? 母さんの知り合いに分けてもらったのよ」
「し、知り合いが!?」
もちろん、うちのご近所、ではなく……雪女のつての知り合い。
そういえば、母さんは時々、一人で山に帰る。
何をしているのかよくわからないけれど。
これはそのお土産、らしい。
その夜。
テーブルの上に乗っけられているガスコンロに置かれた土鍋の中で湯気をたててふつふつと煮える山のさち。豪華な山菜鍋だ
「さあできたわよ」
母さんの声に、箸が伸びる。
「うわ、おいしいよ、これ!」
思わずおかわりだ。
「そうよ、取れたてだもんね。まだまだ欲しいならいってね」
鍋の具をすくいながら、母さんがお椀を差し出す。
お世辞ではなく、実際おいしかった。
これなら食費も浮くしね。
しばしの団らんタイム。
「はは、良かったじゃないか雪耶」
父さんはビールをくいっと一杯飲み干す。
「まったくね」
上手くはぐらかしたつもりかも、しれないけど、後でちゃんときっちりするからね。
「でも、そういえば……母さんって肉は食べないんだね」
ふと、食べながら気づいた。
さっきから鍋に入れている鶏肉には手をつけていない。
考えてみれば魚とかも食べないし。
「んー、あんまり好まない……てところかな」
「そっか。ベジタリアンなんだ」
ボクは全然平気なんだけどな。
「いいよ、雪耶が、食べちゃって」
そっとボクにお皿を差し出す。
「じゃあ、ボクがもらおうっと」
お行儀悪いと言われるかもしれないけど貰い受ける。
「でも母さん、それじゃお腹空かない?」
食べてしまってから言うのもなんだけど、母さんは決して沢山食べる方ではないのに、いたって元気だ。
食が細くても全然、健康的だ。
「母さんは大丈夫よ」
「本当?」
「お腹いっぱいにはならないけど、それで直ちに動けなくなったりすることはないのよ」
「へえ……」
「雪耶も修行を積んで一人前の雪女になったら、そうなれるから」
「うそ、そしたら食費が浮くなあ」
父さんが笑う。
「わはは、雪耶はそこか」
はっでもボクは雪女になるなんて決めてないからね。
「でも多いなあ……」
鍋のものをせっせとお皿に運ぶ。
それでもまだまだたっぷりある。
台所に山と積まれている。
むしろ食べきれないぐらいで、無駄になってしまうぐらいだ。
これをどうにかできないもんか……。
たっぷりの山菜をじっと睨む。
「そうだ、これだ!」
ふと頭に電撃が走るようにひらめきが浮かんだ。




