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第六十四話「まさかの赤字?」

「あ、赤字!?……」


 今日は定休日。

 雪乃亭の入り口には本日休業の札が掲げられている。

 店はひっそり静まりかえっている。

 大手チェーン店のように年中無休というわけにはいかない。人を雇うほどのお金も無いし、働きづめはかえって良くないからね。

 といっても、ゴロゴロしているわけではなくて、父さんはたまっていた事務整理。ボクはそのお手伝い。

 電卓叩いて手で計算、チェックしてパソコンの画面をのぞき込む。間違いない。


「そんな馬鹿な、今月もあんなに頑張ったのに……」


 一方のボクは、帳簿を眺めて頭を抱えた。

 頭に浮かぶ文字が全て赤色に変わってしまうほどの衝撃に襲われる。

 赤、赤、赤……。

 もう一度数字を見直して間違っていないかみるが、間違いはみつからない。

 冬シーズンの前半の閑古鳥が響いて その後我が家に戻った母さんの手助けもあって巻き返したものの……。

 収支を整理してみたら、全然穴を埋められていないことが判明した。

 母さんを加えた家族三人力を合わせての頑張りも決定打までには至っていない。

 事態は深刻だ。

 もうすぐ氷清村は最大のスキーシーズンが終わりを迎える。

 もちろん、GWや夏の登山、避暑地需要など他にもあるが、平日も大いに賑わう冬とは段違いだ。

 どんなに頑張っても、そのリターンがどうしても小さくなる。

 そのため冬に稼げるだけ稼がないといけない。


「何か手を打たないと……」


 残るは、最後の春休み、卒業旅行シーズンの時期だ。

 これを逃してはいけない。

 そして、その打開にあたっては、何か新しいことを始めないといけない。待っていては駄目だ。

 この間の「食べナビ」を思い出す。


「語ることが何もない平凡な店」


 脳裏によぎったのは、あの不快だがずばり急所を突いた酷評レビューだ。星も一個くれてたよ。

 だが、厳しい指摘はまったくそのとおり。

 うちは、売りがない平凡な店だ。


「父さん、なんか起死回生のアイデアはないの?」

「んー、そうだなあ」


 父さん、読んでいる競馬新聞を暢気にめくった。


「そうだなあ、広告だしてみたらどうだ? 新聞とか看板に」

「そういうエレガントなことができるぐらいだったらお金に困ってないでしょ」

「流行の動画とかつくってみたらどうだ? 歌って踊って宣伝してみるとか。今時の小中学生の方がむしろ強いんだろう」

「そういう才能があったらとっくにアイドルやってるって」


 母さんは朝からいないし、こういうことを考えるのはボクしかいない。


 再び帳簿や通帳とにらめっこ……。原因をよくよく精査する。

 最近、急に何かを借金したわけではない。お客さんもそこそこの入りだ。

 つまりは、出て行くお金と入ってくるお金のバランスがとれていないのだ。 

 お客さんをもっと増やす妙案が無く、収入が見込めないとなると、あとは支出だ。

 さりとてこっちも切り詰められるところは既に切り詰めている。

 光熱費だって、こまめに電気を消して頑張って削っているし、水も無駄遣いしないように口やかましく風呂好きの父さんに言っている。

 自分たちの食費を削るわけにもいかないしい、かといって店の諸々の経費をこれ以上削ってクオリティを下げるわけにもいかない。食事も内装も平凡以下になってしまう。

 食材もなるべく注文はまとめられるようにしている。


「はあ……」


 改めてため息をつく。

 特効薬は無さそうだ。

 幸い自前の家だから、家賃がかからないのが救いだ。住処を追い出される心配は直ちにはない。家のローンは少し残っているらしいけどね。


 こういうことを心配するのは、ボク一人だけだからだ。

 領収書やら家計簿やらを眺める。


「ん?」


 何? この妙な出費は……。

 口座からよくわからない引き出しが……。何、この三万円。何に使ったんだろう。

 帳簿と見比べてみるがわからない。


「この三万円……何?」

「あ、ああ、それか。それは、町内会の会合で使ったんじゃないかな」


 急によそよそしくなる父さん。

 町内会の会合で飲食したり、何かつきあいでの経費は確かにあると思う。


「それはこの支出のところに入ってるでしょ。だいいちそんなに必要ないでしょ。領収書も見あたらないし」


 じっと見つめる。目が泳いでる父さん。


「お、おう、よくみてるな。雪耶、帳簿の見かた、いつ覚えたんだ」


 門前の小僧というよりは、父さんたちがやらないからやってるだけ。


「何なの、これ……」

「……」


 父さんがさっと競馬新聞を隠した。

 ふと、隣の町に去年できたばかりの場外馬券売場があったことを思い出した。


「……」





 そしてボクは鬼になった。


「ま、まて雪耶、はやまるな! 父さんは、おまえを血も涙もない鬼に育てた覚えはないぞ……」


 部屋の中にひゅうっと小さな吹雪が起きている。

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