第六十話「放課後の戦い ③」
ごほっごほっと立て続けに咳をした。
智則は、やはり風邪が治りきっていない。
「大丈夫ですか? 智則さん」
凍子のやつは智則のベッドの傍らに座る。そして覗きこんだ。
くそ、遠慮もせずに一等席を取りやがったぞ。
「あ、ああ……大丈夫だよ。ありがとう」
こっちは相手にしない、とばかりに、背を向けて二人だけのやりとりを始めた。
「この間のことで体に障ったのではないかと……」
「い、いや、俺、ここんとこ、夜更かししてたし、疲れてたからさ。この間のことは関係ないと思うよ」
「本当ですか?」
胸に手を当てて撫でおろす仕草をしている。
「ああ、気にしないでくれよ、凍子ちゃん」
(と、凍子ちゃん!?)
もはやファーストネームで呼び合う仲なのか。
これはいてもたってもいられない。
やつは智則を狙っているんだ。間違いない。
何をされるかわからない。下手をすると命すら危ない。
なのに智則はなにをてれてれしてるんだ。
身体をそわそわさせていると、制服の袖を夏美ちゃんが引っ張った。
「雪耶ちゃん、ここは堪えて」
違うのに。智則の身のことが気になっているだけなんだ。
なのに、こちらには構わず二人で会話している。
「もう大丈夫だよ、凍子ちゃん、明日はきっと学校いけると思うから」
「良かった……本当に心配したのですよ」
二、三。そんな会話をした後、傍らの風呂敷の包みを開く。
「智則さん、どうかこれを……」
豪華な風呂敷包みをしゅるしゅると結び目を解いてゆく。
「すごーい、お見舞いの品持ってきてるんだ」
結びを解くとポットのような形をしたステンレス製の鍋が現れた。
「わあ、何それ」
夏美ちゃんが無邪気に驚く。
「おお、凄いね。それ、アウトドア用のやつ?」
智則も目を見開く。
「おかゆを作ってきましたの、病を得た人にはこれが一番だと聞いて」
蓋を開けると、卵と梅がほんのり乗せられている白いおかゆがあらわれた。
「それ、凍子ちゃんが作ったの?」
「ええ。手伝って貰いましたけど」
どうせ、ほとんどホテルの調理やってる人に作ってもらったんだろう。
リンゴの皮も剥けなさそうなくせに。
作るのならボクの方が上手く作れる。飲食店やってる子の名にかけて。
直接、料理勝負すれば負けない自信があるのだが……何も持ってこなかったのはやはり失敗だった。
お見舞い品のおかげで、場の空気も話題も凍子のやつにイニシアチブを取られている。
「さあ召し上がれ」
スプーンで掬って智則の口元へ持ってゆく。
不意打ちを受けたのか、風邪でまいっているのか、普段の智則の性格なら「いいよ、自分で食べるから」と言うのだが、されるがままだ。恥ずかしいっぽい顔をしながらも、口をあーんと開けた。
ちょっとやりすぎじゃないか。自分で食べれないわけでもないのに。
夏美ちゃんも苦笑いしてるじゃないか。熱いね、お二人とジョークを飛ばす。
「冷えてるよ……これ」
口にした智則が困ったように呻いた。明らかに不味そうだ。
あまり演技をして美味しいというだけの余裕が今は無いのだろう。
「え? こんなにちょうどいいのに……」
凍子、慌ててる。が、自分にとってはちょうどいい匙加減のようで、首を傾げた。
「やっぱり山育ちでは、人の味の好みがわかりませんか」
口に手をあててぷぷっと笑い。
「うう……」
ざまあ。
「凍子ちゃん、これじゃお腹こわしちゃうよ。冷製スープみたい……」
夏美ちゃんも横から一口、味見をして慌てる。
「ごめんな……」
布団に伏したまま智則は食べられないことを謝った。




