第五十七話「雪耶のある長い一日 ⑥」
午後は何事もなく過ぎていった。
ともかく朝の靴箱から始まった重荷から解放された感はあった。
最後の授業は理科室での実習だ。
乾電池と豆電球を使って先生が出した課題の電気回路を班ごとに組み立てる練習をわいわい。
直列回路がどうとか並列回路がどうとか。みんなであーでもないこーでもないと話し合う。
「え? もう四班、できたの」
課題をあっという間に終わらせたので、提出するレポートや宿題をささっと手を着けていた。
「雪耶ちゃんが、上手だからね」
班員から拍手喝采。へえー、以外、との声もあがる。
「いやー。家で電気の交換とかやってるからね」
関係ないと思うけど。
女子はこういうの苦手という偏見でもあるのかな。
かえってやたらと、賞賛を浴びた。
終えて教室に戻って、ホームルームを済ませば授業は終了だ。
担任の先生が学級通信の九十七号目を配布する。
「フレンドニュース」というタイトルである。熱心だなあ。
風邪が流行っているから、負けないように頑張ろう。だって。
あとは期末テスト迫る。めざせ学年一位。二組に負けるなと。
うんうん。順位はどうでもいいけど、凍子には負けたくない。
あとは日誌の紹介。クラスの男子、丸岡君が日帰り旅行に行って楽しかったことなどを詳細に書いていた。歴史に触れたことや、案内してくれた人と触れあったことなど。
よく彼は取り上げられる。きっと文才があるんだろうな。
ボクなんかいつも簡潔に日誌は今日は何もなかった、で締めてるけど。
帰りの挨拶を済ませて、放課後はお決まりの部活動の時間だ。
「雪耶ちゃん、行こうか」
夏美ちゃんに声をかけられる。
結局ソフトテニス部に入ったのだが女子と男子とは、顧問の先生も違う別の部活と言っていい。
コートも二つあるうち別々に使っている。
今は外にあるコートは雪で埋もれててできないので室内練習ばかりだけれど。
立派な体育館は、なんとテニスにも使える仕様になっているが、同じ場所をバスケ部やバレー部も使うので、冬の間は曜日によって決められている。
今日はバスケ部が使っているので、空き場所を使って体力トレーニングだ。
「お疲れさまです!」
元気な声で挨拶してきたのは一年生のソフテニ部員の子たち。
委員会活動などで上級生が遅れて入ってくる度に、手の空いている一年生部員は挨拶する。
女子部のしきたりである。
傍らでだべりながら、適当に素振りやらストレッチしている男子部とは違う。
「葉月先輩、よろしくお願いします」
一年生から、元気よく挨拶される。やっぱり後輩から慕われてるな。
「お疲れさま、じゃあ、ボールとラケット、倉庫から出して、始めよっか」
「はい、わかりました」
夏美ちゃんの的確な指示の下に後輩は動いていく。
「北原先輩も、よろしくお願いしまーす」
きちんと後から入部してきたボクに対しても先輩付けで呼んでくれる。
「あ、ど、どうも……」
ぎこちない挨拶。
後輩の子たち、苦笑いしてる……。
しかしふむ、夏美ちゃんの躾がよく行き届いている。
転校生だからと馬鹿にされたり軽く見られないのは、多分夏美ちゃんのご威光の賜物だろう。
「じゃあ、あたしたちも行こうか」
「うん……」
また更衣室の試練。
この罪悪感はいかんともしがたい。
目の前で無防備に着替えている女子たち。
シャツも脱いで、下着だけだったり……。
下の一年生たちもが、ボクを信用しきっている。
なるべくみないようにしているけど、こっちもちらちら見られているような。
北原先輩って色白で綺麗だね。
どうやったらあんな肌になれるんだろう。
そんなヒソヒソも聞こえてくるんだけど。
ジャージに着替えた後、ランニングを各自して練習を開始する。
「じゃあ素振り五十本いきまーす」
休みもなく次の練習。
(げげ……意外にハードだな)
適当に準備体操してテレテレ始める男子テニス部とは大違い。
男子テニス部は文化系運動部と揶揄されるぐらい緩い部だった。
実際男子部の奴らは今日のような日はさぼって帰ってしまっている部員も多い。
この間まであっちにいたんだけど……。
「はあはあ……結構きつい……」
素振り終えて早くも息が上がってしまう。
そして壁うち。
夏美ちゃんの凄いスマッシュが決まった。
サーブのフォームも綺麗だ。
バシュっと音を立ててボールが飛んでいく。
「さあ、雪耶ちゃんも」
「う、うん」
でもボクだって一応テニス部だったんだ。
ぽてっとラケットに当たったボールがぽーんと飛んでいく。
くすくす笑われた。
「うん、上手だよ。姿勢は綺麗だから、もうちょっと勢いがつくといいんだけどな。思い切って振ってみるといいよ」
「あ、ありがとう」
それが二時間ほど続く。
お疲れさまですの挨拶でようやく解放。
後かたづけを手伝う。
ボールをちゃんと仕舞って、ネットを折り畳んでラケットは所定の位置に。
「もうくたくただよ」
「あはは、無理しなくていいんだよ」
ようやく練習が終わった時には実際くたくただった。
交代で打ち合い、壁打ち。
女子テニス部は想像以上に厳しかった。
「ねえ、雪耶ちゃん、この後……寄っていかない?」
更衣室で制服に着替えたところで、ちょっとの寄り道を提案された。
「ああ、いいよ。もちろん」
朝から色々試練に見舞われたけれど、もう山場は過ぎた。
長い一日が終わった。
と思ったが、これからが本番だった。




