第五十四話「雪耶のある長い一日 ③」
そして英語の授業。
しかしボクは昼休みのことで頭の中がいっぱいだ。
一体どうしたものか。
「ユキヤ、キタハラ」
思いっきり英語なまりの名前が呼ばれる。
「あ、は、はい!」
声の主は、マーカスさんというアメリカからきた英語講師だ。
彫りが深く、金髪碧眼の典型的な欧米の人。
スキーが好きで、ここにやってきたんだとか。
一応、氷清村のスキー場は海外にも知られているらしく、時折見かけることがある。といっても、まだまだ北海道とかの某所ほどではないけれど。
で、マーカスさんは時々、スーパーで買い物をしているのをみかけることがある。
「北原さん、次……」
隣の子から促される。
「キタハラサン」
「あ、は、はい……」
急いで立ち上がる。
そして教科書のページをめくる。
えーっとマイクとナンシーがなんか日曜日にお出かけして会話してるんだっけ。
順番に教科書のテキストを読んでいく作業だった。
ぼうっとしていて、聞いていなかった。
もう自分の番が回ってきたんだ。
「えっと……どこからだっけ」
「ここだよ、ここ、24ページ目」
岡崎さんのフォロー。すかさず教科書の該当ページと場所を指してくれている。
あわててページをめくる。
「ひー、ヒー、ライクス、バスケット」
そして読み上げを始める。
あれ。何も反応が無い。
「グー」
マーカスさんの拍手。
なんか発音は良かったみたいだ。
そして、最後に色々質問をされる。
日曜日は何をしていたかを順番に説明していく。
「イエスタデイ、あ、アイ ウエントトゥ…… 」
か、過去形か……。
「アイシー」
さらに質問をくらう。
「キタハラサン、アナタノナマエノユライハ、ナンデスカ?」
うお、なんて質問だ。
「ゆきのように深く純粋にという意味を込めて、です」
そういう子供に育ったかどうかは知らないけれど。
「あなたは、雪のように綺麗だ」
「は、はあ……サンキュウ」
「ネクスト、オオタケサン」
「イエス」
次は帰国子女の大竹さん。流石発音上手だ。
拍手がわき起こる。
「ふう……」
なお、マーカスさんは、日本語ぺらぺらです。
たまにうちの店に来ることもあります。
そんなこんなで4時間目が終わり、給食の時間。
どこの教室も給食の準備でわいわい騒がしい。
今日は配膳当番ではないので、ゆっくり落ち着いて食べられる。
「ねえ、中島先輩ってどんな人か知ってる?」
ざわついているうちに、さりげなく情報収集。
岡本さんと藤崎さんでは感づかれるかもしれないので、別の山城さんというバレー部員の子に聞く。
「え? ああ、うちの三年生の……中島さん?」
「そ、そうそう、何か知ってる? 人となりとか印象とか」
胸に指をあててうーんと考え込む。
「うん、結構いい感じの人だよ、後輩の面倒見もいいし、結構わたしたち女子の間でも人気もあるし」
「そ、そうなんだ」
「でも、それがどうしたの? 急に……、あ、北原さん、先輩に告白されたとか」
(うぐぅ)
胸を鋭い矢が貫いた。
「あはは、そんなわけないじゃん」
「そう、あはは」
だが、目がなんかこっちを見透かすような視線になってる。
駄目だ。どの子もすぐ察してしまう。恐るべし……女子の洞察力。
夏美ちゃんが、そっと耳打ちしてきた。
「今の、露骨すぎーー」
うう……。
ちなみにうちの学校では、給食と一緒に熱いお茶が配られる。
冬の間は落ち着く至福のひととき。
こんな日こそ心を落ち着けないと。
ごくり。
「あちちっ」
舌がひりひりする。やけどしそう。
猫舌が昔よりひどくなったような……。
慌ててふうふうして冷まして飲む。
「北原さん、今日は一段と可愛いな」
「どんどん俺の中で評価があがってくぜ」
くそ、今日はなんでドジっ子をアピールしてしまうんだ。
妙な奴らを喜ばせてやってるだけじゃないか。
まったく今日はいろんなことが空回りする日だ。
こんなとき、智則はどんな反応だろうとも思ったが、生憎今日は休みだ。




