第五十三話「雪耶のある長い一日 ②」
「ああ……どうしよう」
衝撃の朝から、あっという間に一時間目が終わってしまった。
チャイムの音を耳にしながら数学の教科書とノートをしまう。
授業内容はあんまり頭に入っていない。
昼休みは刻々ときてしまう。
「ともかく、無事にすませたいな……」
断って号泣でもされたらどうしよう。そんな変な噂を聞く先輩でもないんだけど……。
誰かにポンと肩をたたかれる。
「うわっ」
藤崎さんだった。
「次、体育だよ」
「早くいかないと遅れるよ?」
岡本さんもいる。
「あ、そ、そうだね……」
席を立つ。
着替えないといけない。
「さあ、行こうか」
男子は適当に着替えてしまうが、女子はわざわざ更衣室まで移動して着替えるのだ。
基本お決まりのグループと一緒に行動する。
女子更衣室と掲げられた部屋に移動。
終わった後はもちろん鍵がかけられる。
もう先に着替えた子たちとすれ違う。
誰もボクが入っていくことは気にしない。
適当にロッカーが置かれていて空いているところを使うことにした。
そしてボクの目の前で何の躊躇もなく、着替えている。
「やーん、また胸が大きくなってる」
とか
「あ、そのパンツ可愛いーー」
などとそういうものはない。極めて坦々としたものだ。
でも無防備ではある。
一枚、また一枚。
上着を脱いでいく。
本来、ここは男子には決して侵されることの無い約束された理想郷だったはず。
だがあっさり目の前にあると案外何も感じないもんだな。
「あーあ、この後の授業英語と国語まじだるい~」
単語テスト、活用法の小テストのことをいっているらしい。
クリアできなければ何度もやり直しをさせられる。
「本当、つまんないうえに課題いっぱいだしてきて……」
山本さんがブラだけの姿で、愚痴をいっている。
いや、やっぱり熱い、溶けそう。
「どうしたの? 雪耶ちゃん。顔が赤いけど熱あるの?」
「だ、大丈夫だよ……」
気を取り直してボクも準備に取り掛かる。
服を脱いで、体操服を着る。
「今日はまたバレーだっけ?」
「うん、前回の続きだね」
夏美ちゃんがいた。あれ、まだ制服だ。
体育の授業ではストレッチから、バレーのアタックの練習などペアを組まされる。
だいたい夏美ちゃんが一緒にやろうと声をかけてくれるので、それに甘えてだいたい一緒にしていた。
「夏美ちゃん、今日も……」
「ごめん、あたし今日は見学なんだ」
女子って見学多いよね。
夏美ちゃんは手を合わせて、ごめんなさいのジェスチャーをする。
そっか……夏美ちゃん、今朝はイチゴみるくを飲んだって言ってたし。
……
……
夏美ちゃんは今日は見学ーー。
「雪耶ちゃんは?」
「ぼ、ぼく……わたしは、いつもどおりだよ、ほら、こんなに元気で」
「そう」
それ以上は踏み込まないことにしよう。
どきどきした。
ばれてないよな。これでいいんだよね。
「ああ、もう」
一番の見えてはいけない部分が見えてしまう。
あんまり考えないようにしているけれど、その時が近づいているのだろうか。
いいや、ボクは雪ん娘だから、そういうのは無関係のはずだ。
今度母さんに聞いてみようか
雪女にも一ヶ月に一度、くるの? って。
ああ、駄目だ。
「ど、どうしたの? 雪耶ちゃん……」
一人で悶絶していると、藤代さんが肩を叩いた。
「雪耶ちゃん、ほら、男子がみてるよ。気をつけたほうがいいよ」
男子のグループをちらりみた。
にやにや笑って何か会話している。
「北原さん、今日半袖に短パンだぜ」
「色白美少女なのに、健康的でいいよなあ」
だいたいそんな会話をしているとみた。
内容は聞かなくてもわかる。
いつもあの連中はこんな会話をしているのをボクも知っているからだ。
しかし……自分がそういう視線を向けられているのがわかると何かむずがゆい。
「ま、いいか」
大半は上下長袖長ズボンのジャージが多い中、一人半袖短パンだ。
しっかり冷暖房完備なので、外は雪が降りしきっていても中は暖かいからだ。
逆に汗ばむぐらいにーー。
「ふう……」
暑さにやられている。
というか、以前よりもかなり暑さに弱くなってるようなーー。
「わかるよ、女の子って冷えやすいし暑さにも敏感なんだよねえ。もちろん平気な子もいるけど」
「はあはあ……ありがとう……」
汗をぬぐう。
準備体操から、練習試合が始まった。
ボクもとりあえずコートの中へ。
「行くよ」
「それっ」
掛け声とともにこちらのサーブからレシーブ。
そして相手もなかなかやる。
結構上手い、繋いでいるな。
そして相手からのアタック。
「おっとっと」
「ナイス、北原さん」
なんとかコートの枠ギリギリにレシーブするがよろける。
なんとか踏みとどまった。ボールは繋いだ。
はあ……。
どうも今日はしっくりこない。
あの手紙の件がどうも尾を引いてしまっているな……。
いつもの自分じゃない。
「雪耶ちゃん!」
向こうへ跳ね返したボールはさらにレシーブとトスされて、そこへ強烈なアタックがーー。
やばい。
こっちにくる。
次の瞬間にはバシっという音がそのまま顔に衝撃となってぶつかってきた。
「へぶっ」
顔面に直撃。
「いたたたたっ」
ひりひりする顔をおさえる。
「大丈夫? 北原さん? 怪我してない?」
コートの女子たちがわらわら集まってくる。
「だ、大丈夫、大丈夫……」
考え事をしてたなんていえないので必死にごまかす。
「本当?」
「いったん休む?」
「う、うん、そうするよ」
女子でもアタックは強烈だ……。
甘く見ていた。
非常に悔しいのは、意外にドジな面をみせてしまった。
男子たちのざわつきよう。
何を言われれるのか、なんかみえてしまう……。
頷きあっているのは「今のはアリだな」「むしろポイント高い」とか言ってるんだろう。
今日はバレーに攻められる日だ……。




