第五十二話「雪耶のある長い一日 ①」
「いってきまーす」
「いってらっしゃい、雪耶」
家の前で振り返って手を振る。
母さんがいるから後は安心して任せられる。
エプロン姿の母さんの手を振って我が家を出る。
この安心感。
寒いけど、今日は晴れ。珍しく雲もない。
天気予報では晴れでも実際は雪が降る、なんてことも多い氷清村では、貴重な日だ。
ちなみに、今年は暖冬で、どこのスキー場も雪不足で悩んでいるのだが、この氷清岳一帯は沢山の雪が変わらず降り積もっている。おまけに雪質も良いという評価のおかげでおかげで各地から観光客、スキー客がやってきている。一年中消えないという雪のおかげだ。
学校へ向かう途中、これから滑りに向かおうというグループといくつもすれ違った。
車やバスもひっきりなしにやってきている。
平日でもスキー場はまだまだお客でいっぱいだけれども、もう冬のシーズンも半ばを過ぎた。
イコールかきいれシーズンも終わりが見えてくる。
「雪女って夏は何やってるんだろう。まさか、溶けちゃうってことは無いよな……」
まあ、それなら母さんだって存在していないわけだし、なんとかなるのかな?
一年中雪が消えることが無いと言われる氷清岳はあるけども……。
「あ、おはよう。雪耶ちゃん」
夏美ちゃんだ。
今日もいつもの赤いマフラー。手袋もお揃いの赤色。つなぎ目に白いもふもふの綿があしらわれている。
「おはよう夏美ちゃん」
よし、今日も一日、頑張るぞ。
しかし、このスカート、まだ慣れないな……。
慣れたら負けの気もするけど。
ボクは夏美ちゃんと、いつもどおりに登校してきて校舎に入った。
「もう慣れたでしょう?」
「うん、みんないい子で良かったよ」
女子は本当は怖い。陰で悪口ばっかり。裏表が激しい。
……なんてこともなく、基本は悪い子はいない。
「そういえば、智則君は?」
徐々にその呼称を名字の佐伯で呼ぶのはなく智則の名前を使うように様子を伺っている。
最初は驚かれたが、そろそろ頃合いだと見ていた。
雪哉として幼い頃からの付き合いの身としては、なんかまどろっこしい。
「あいつ、風邪だって」
「へえ……」
そろそろ新米、転校生という肩書きも外れてもいい頃合い。
一つ気楽になったかも、と思いつつあった。
マフラーや鞄にまとわりつく雪を払う。
そして、靴を履き替えようと靴箱の扉を開いた時だ。
まだ新しさの残る上履きの上に何かちょこんと乗っかっていた。
「うん? なんだろう……」
よくみると、白い封筒だった。
「あ、手紙だ!?」
夏美ちゃんは、ぐいと横からのぞき込んできて目を輝かせた。
ぼんやりしてたボクよりも先にラブレターだと気づいたくらいだ。
「え? あ? ほんとだ」
ラブレター。
SNSやネット全盛のこの時代に、なんと古風な。
いやいや。というかボク宛……。
北原雪耶 さんへ
手にとって確認してみると、宛名が書いてあるので間違いない。
男子らしく筆圧の濃い角張った字だ。
ともかく肝心の内容。
「話があるので、今日の昼休みに音楽室の倉庫まで来てください」
いたってシンプル。それだけだった。
中島恒夫と書いてある。
学校の生徒全員の顔と名前を覚えているわけではないが、徐々に思い出してきた。 確かにいたっけ、そんな先輩が。
バレー部の主将か。
「ど、どうしよう……」
「どうしよう、って……。答えるのは雪耶ちゃんだよ」
「答えっていっても、どうすれば……」
「自分の気持ちに正直に伝えればいいんだから」
すぐに。夏美軍師に相談した。
彼女ならば、言いふらさないので信用がおける。めったやたらにしゃべって噂になるのも困るし、また男のプライドを傷つけるのも忍びない。
ボクも一応男の子だったから。
「しっかり、落ち着いて考えて」
もちろん、どうやって断るかを――。
とにかく手紙はそっと鞄の中に仕舞っておく。
誰にも見つかっていないかキョロキョロするが、幸い他に誰も気付いていないようだ。
何食わぬ顔で廊下を歩く。そして教室へ。
入るともうクラスメイトが何人か来ている。
岡本梓さん。藤崎舞さん。仲良い二人組はもう二人は机に座って何かだべっている。
入っていくとこっちに気付いた。
「おはよう! 北原さん!」
「おはよう雪耶ちゃん、この間の雪まつり楽しかったよね、またどっか行こうよ」
元気な挨拶をしてくれた。
「う、うん、お、おはよう……」
何食わぬ顔……。椅子を引いて着席。教科書とノートを出して机の中にしまう。
さて、宿題だったプリントを。
よし、いつもどおりのボクだ。
「なんか、様子変だね。何かあったの?」
安心したところに、藤崎さんが突っ込み。
「え? そ、そうかな」
あはは、と視線を逸らして恍けて見せる。
「あ、もしかしてラブレターでも貰ったとか?」
岡本さんのあまりにも鋭い指摘に頭が真っ白――。
「そ、そ、そ、そんなわけないじゃん!」
「冗談だよ?」
「別にからかったわけじゃないから、ね?」
かえって謝られてしまった。
「い、いや、大丈夫、別に、何も貰ってないから」
慌てて手を振って否定する。
後ろから背中をつんつんと指でさされた。
夏美ちゃんである。
「雪耶ちゃん、きょどり過ぎ……」
夏美ちゃんに、そっと耳打ちされた。
「あたしでも何かあったか感ずくよ」
「だ、だって……」
よりによってボクが男子から手紙を貰ってしまうのは、正直考えもしなかった。
次の更新は早めにするつもりです。




