第四十七話「雪まつり 後編」
「あ、少しやんできた」
外を出て歩いているうちに、少し晴れてきた。
雲の間からはこの街のシンボルである氷清岳が見えた。
ボクらにとっては見慣れた景色だけど、観光客の人たちにとっては珍しいのかカメラやスマホで撮っている。
吹雪いていない日は乾燥しているので、そこまでは寒くなかったりする。
暑くなって上着を脱ぐ。
「あー! このタコ焼き、タコ入ってない! みんな入ってた」
岡本さんが騒ぐ。4人で分け合ったたこ焼きを頬張った直後のことだ。
「え? 入ってたけど」
「ぼ……わたしも……」
夏美ちゃんと顔を見合わせた。
「あたしだけ? もうーー。交換してもらうかな」
「はは、やめときなって」
「ほら、あたしの焼きそば食べてもいいよ」
藤崎さんが差し出す。
ついでに、たこ焼きと焼きそばでソース臭くなった女子たち。
間違ってもキスはしたくない。する気はないけど。
流石にこの季節。かき氷はない。
姦しいとはよくいうけれども、ボクは今、その一部になっているんだよな。
「楽しかったね」
一通り出店物を冷やかすと、それなりに時間は過ぎていた。
確かに楽しめることは楽しめたので、なんとなく、このまま解散は惜しいような気がした。
皆そろそろ帰る時間なのか、出口には人の波が出来ていた。
その流れに任せて歩く。
会場出口にある「さようなら、またお越しください」のアーチをくぐる。
「じゃあ、二次会行こうか」
早速藤崎さんが切り出す。
「賛成! みんな行けるよね?」
岡本さんが皆に目配せして点呼を取る。
「うん、いいよ」
夏美ちゃんも頷く。
「雪耶ちゃんは?」
そろそろ帰ろうかと思ったが、同調圧力に負けて頷いてしまった。
別に脅かされたわけではないけど、笑顔がかえって断りにくい。
まあいいか。まだ明るいし、時間あるし。
会場から少し歩いたところまでぞろぞろと歩く。
岡本さんの叔母さんが経営しているというスナックに到着。
「夕方まで貸してもらったの」
「スナック オカモト」という店名の看板が掲げられた鉄製の扉を開けると、カウンターとソファが置かれた静かな店は、大人の店、といった雰囲気だ。
天井にはミラーボールがあるが、今は回っていない。
カウンターの奥のガラス棚にはボトルキープの酒瓶。
カラオケの機器と大きなスクリーンが正面に置いてあった。
「わあ、綺麗だね」
「すっごいお洒落ーー」
確かに店の清潔さや装飾などにある程度こだわりがある。
いかにも女性が経営している店である。
「皆、適当に座って」
ソファに腰掛けるとふかふかだ……。
「夕方6時頃まではここ使っていいっていってたから。あ、コートとかはそこにかけておいて」
皆、流石だな……。
コートを脱ぐと、年頃の女の子らしい、格好であった。
父さんと母さんが、スーパーの衣料コーナーで買ってきた服では明らかに見劣りする……。
こういうところのはデザインが無味乾燥である。
組み合わせもよくない。
どうやったら……あんなふうになれるのか。
今時はネットで情報も集められるから、田舎だからといって決して疎いわけではない。
助かったのは、東京出身だからと言ってファッションに通じていると思われていない。
どこまでこだわるかはそれぞれというスタンス。
普通に似合ってるよ、可愛いよ。と言ってくれるが、お世辞を言われるのは、もともとそんな気はなくても辛い。
カラオケセットをごそごそと準備する。
リモコンを操作しながら、
そして――。
持ち込んだジュースやお菓子を開けて、それらを飲んだり食べたりしながらカラオケが始まる。
「次、あたしあたし!」
「この曲、誰がいれたのぉ?」
マイクの奪い合い。
ただ聞いていただけだったが、気をきかせてくれたのか、マイクを回してくれた。
「雪耶ちゃんも歌う?」
「あー、知ってる!」
どんなものか知らないわけではないが、何を隠そう、カラオケは初めてだ。
元々都会出身の父さんは、行ったことがあるかもしれないが、こういうところに揃って行くことはなかった。
ボクもそれほど興味なかったし。
ごめんなさい……アニソンで。
「あ、あー」
立ち上がって渡されたマイクをポンポンたたく。
初心者丸出しなのか、苦笑する一同。
そして音楽が流れだす。
「ふう……」
盛り下がらないか、どん引きされないか冷や冷やだったが、 タンバリンも使って合いの手を入れてくれた。
拍手喝采を浴びる。
「上手だったよ!」
「雪耶ちゃんて、こういうの得意なんだね」
何も持ってないよりも全然まし。
そういう意味では、新たな一面として肯定的に見てもらえたので、結果オーライか。
そしてーー。
カラオケが一旦終わると、おしゃべりタイム。休むことを知らない。
相づちを打っていれば、よかった。
食べ物の話題やファッション、テレビやネットの話題。
とはいえ、やっぱり中学生であるが、一番の関心は恋ばなであった。
会話の回転が速い。すぐに別の子は会話を引き取る。
「あたしは、信用金庫の窓口のお兄さん、集金に来るときに、凄く優しくて雰囲気いいんだよねえ」
「えー、時々窓口にいる人だよね、ああいう人がタイプなんだ」
なんと、同学年の男の子は眼中にないとか。なんとませてるのか……。
「雪耶ちゃんはどう?」
突然、矛先がこっちへ来る。
「え?」
「雪耶ちゃんは転校してきて一ヶ月近くなるけど、そろそろお目当ての気になる男子とかいるの?」
「え、はは……」
少し恍けてやり過ごそうとしたが――。
「あ、あたしも気になる!」
「聞きたい!」
一斉に視線が集中して注目が集まってしまう。
「ほら、バレー部の主将だった高橋先輩、ちょー雪やちゃんのこと惚れちゃってるのよ。雪耶ちゃんのこと、すっごく気にしてたよ~。あたし、根ほり葉ほり聞かれて、今付き合ってる相手がいるかとか好みはなんだとか、色々聞かれちゃったよ~」
「あはは……」
苦笑いするしかなかった。あの可愛い子にはすぐに手を出すという有名な先輩か……。
「三年生はもう卒業しちゃうし、最後のチャンスとばかりにアタックしてくるよ。他にも男子が探り入れてきてるもん。きっとタイミングを伺ってると思うんだよ」
「いつ火蓋が切られるかだよね」
「わたしは、そんな……」
答えに窮するが、なんとか切り抜けなければ。
「あれ? その様子だと先輩たちには興味なし?」
なんとなく流れに任せるか。
「あ、うん、そう……そうなんだ」
コクコクと首を縦に振る。
「あーあ、先輩たちお気の毒に」
「じゃあ、誰?」
うは、終わらない……。結構突っ込んでくるな。
「いつも一緒にいる、智則とか? 結構人気あるしね」
「き、嫌いではないけど……」
一応昔からの幼馴染だし。親友だし。
そういう意味ではないんだけど……。
「お、否定しないところをみると結構気があるのかな?」
そっか、雪耶ちゃんは智則君か……。という声のささやきあい。
なんかおかしな方向に――。
「雪耶ちゃん、それ本当? 」
夏美ちゃんまでもが驚く。
「もしそうなら応援はするけど……」
いや、ここは否定しておかないと。
「いや本当じゃないから、別にそういうわけじゃ――本当に友達で……」
「だよねえ」
勝手な憶測が広まりかねない。
だが、女子たちは勝手にふむふむと、頷いて話を拡大させてゆく。
そして――。
「でも智則君狙いだと、相手は強敵よ」
「は?」
思わぬ一言でさらに揺さぶられる。
「なにせ相手はあの氷倉凍子だから」
「はああああああ? なんだって!?」
「だから、二組の氷倉凍子さんは佐伯智則君に興味を示してるみたい」
「そうそう、この間一緒にいるところみちゃったし」
は、初耳だ。いつの間にあのスケベ男――。
あんな奴に智則を近づかせることなんて――。
「それは駄目だって! やめさせないと!」
ソファから立ち上がる。
「これは激しいライバル争い」
「そうじゃないって」
だが懸命の努力にもかかわらず、色めき立ったり、ははーん、とかふふという不敵な笑いが広がっている。
「智則君一歩リードかあ、しかも両手に学園ヒロインの花――ね」
「だから違うって」
そんなこんなで終わった雪祭り。
今年も無難に終わったが、帰る途中のそこかしこで、祭り帰りと思われる男女やファミリーを見かける。
お祭りの余韻を惜しむようにお土産や飲食店を物色している。
時折撤収作業に向かうトラックとも知れ違う。
「おかえりなさい、雪耶」
「おう、お帰り」
家に戻ると父さんと母さんは仕込みの準備に忙しそうに立ち回っている。
そうそう、うちでも宴会の予約が入っているんだった。
休日モードはたちまち解除。
これから最後の一仕事――。
智則の件については後で忘れないように確かめとかないと。




