第四十六話「雪まつり 中編」
「次、ここ行って見ようよ」
岡本さんが手に持っているパンフレットの案内図を広げて皆に指し示す。
指さしたのは、公民館の建物の二階だった。
そこに展示場があるらしい。他に休憩場所にコーナーもある。
こういうのって地元だとかえって見ない。
お、氷清村の歴史、中央には、ジオラマがあるとパンフに書かれている。観光案内所まである。
ちょっとした博物館ぽくなっている。
興味が沸いてきた。
「行ってみようか、わたし初めて」
藤崎さんも、やっぱりか。
「夏美ちゃんは?」
「前にお父さんに連れられてきたことがあるんだ。時々展示やってるみたいだよ」
流石村長の娘。行ってみると、普段は会議や教室講座などに使われている大きな部屋に特別な展示コーナーが設けられている。
無論、無料だ。
入り口の受付で職員らしき人からパンフレットを貰う。
「いらっしゃい、葉月さん」
スタッフの女性に挨拶をした。
「こんにちは! 荒澤さん」
やっぱり村長の娘、顔を知られてるんだな。元気な挨拶は地道なイメージアップにつながるかも。
……ボクも負けられない。いやいや、仕事のことは忘れないと。
中に入ると展示パネルや展示物が順路に向かって並べられている。
いいな、こういう硬派な企画。地味に好き。
こういう真面目なところには、人はそれほどいないと思いきや、結構いる。
旅行で立ち寄った家族らしき一団もいる。いかにも教育に関心がありそうーー。きっと塾とかにも通っていてお受験とかやってそう。
一番最初の展示に村の縮尺図と大きな航空写真があった。
人口や地理などの村の概要も解説に添えられている。
豊かな自然に恵まれ農業と観光が盛ん。
「あ、ここがうちだ」
「わたしん家はここ」
改めて見るとうちの村って大きいな。
次の展示パネルには、氷清岳の様々な写真が飾られている。
かの有名な日本一高い山も夏頃には雪解けするというのに、何故この山だけは消えることなく一年中雪に閉ざされるのかは専門家の間でも謎とのこと。
一年中白く覆われた、全国でも有数の美しい山であると自信たっぷりのコメント。
まあ確かに。
「へえ、およそ一万五千年前に、火山の隆起でできた山……か。最後の噴火は千年以上前ねえ……知らなかったな」
こういうテストに出なさそうな豆知識って意外に嬉しい。なんていうんだっけ、こういうのって。
興味をそそられてパネルを読んでいく。
遺跡が見つかったことからその頃にはもうこの付近に人が住んでいたことが判明している……。出典、県立歴史博物館。
さらに別のパネルには山の信仰と祭礼……。
難しくなってきたぞ。お祭りみたいだけど、この雪祭りのことではないよなあ……。
ちょっと斜め読み。その次の伝承がなんたらのコーナーになった。
「お! 雪女の伝説……なになに」
よくある雪女が男と出会って、別れての話だ。
氷清村にも、伝説がいくつか散見される……。
吹雪の中から現れて惑わして、山奥から出られなくしたり、人の精気を奪う存在。メタメタだな。
「これは酷い」
水墨画家が書いたという雪女の肖像(複製)が展示されていたが、山ん婆みたいな絵だった。
顔が皺だらけで目がギョロリとしていて、髪もぼさぼさ。
というか、この絵の雪女、角が生えてるんだけど。思わず頭に手をやってしまったじゃないか。
うわあああん。
さっきまでニコニコしてパパに肩車されていた女の子が泣き出す。
よしよしとなだめられて先を急いでいった。
「これは、戒め、じゃよ」
「うおっ!」
隣にかなりご高齢のおじいさんが、立っていた。
頭も眉毛もすっかり白く、さらに顎髭が仙人のように伸びている。
「あ、山乃倉さん、こんにちは。お元気でしたか」
夏美ちゃんが挨拶をする。本当、慣れてるなあ。
「おや、葉月さんとこの娘じゃなあ。大きゅうなったなあ」
「この人は……」
「山乃倉さんは、前の前の前の村長だったのよ」
そういえば……周囲の会場スタッフの人も気をつかっている。
本人も、言葉はしっかりしていて、それなりの人物である雰囲気はあった。
「村の若い男衆が安易に山に入って近づかないように、あれは美しく化けているだけで本当は醜い怪物じゃ、という方便を使ったのじゃよ」
ボクらに解説してくれる。絵を眺める。
「実際に会ったという者は皆とても美しいおなごじゃったと口を揃える」
「そ、そうなんですね」
「まあ、わしは見たことはない。……幻覚や自然への恐れから生み出された存在だと思うがのお」
ほっほと笑い声が展示スペースに響く。
「だったらどれだけ助かったか」
気がつかれないように、笑い声にまぎれてボソっと呟いた。
ここにいるんだよ。
このせいでボクは今こんな目にあってるんだぞ。
ところで、夏美ちゃんのパパは前の村長をおしのけたとかなんとか。
まあ、その辺りのどろどろの話は大人の事情だし。
ボクだってまだ子供だし。
ともかくも目新しい情報は無し。
「ねえ、みてみて」
「雪耶ちゃーん、ほら、一緒にやろうよ」
いつの間にか岡本さん、藤崎さんは先へ行ってしまった。
よくある顔の部分に穴があいていて、首を突っ込むやつだ。
こういうの興味ないのかな。れきじょってどこの話だろう。
細かい解説までじっくりみたかったけど、後にした。
展示スペースを後にすると、出口でスタッフの人からお土産の袋を一人づつ渡された。
「やったあ!」
「ラッキーだね」
外に出てすぐに早速袋をあさる岡本さん。
何かなあ?
期待して一緒にのぞき込む。
氷清君のキーホルダーにクリアファイル。
もういいって。
袋の奥から重たそうに出てきたのは、250mlのアルミ缶。
「あ、この缶は何が入ってるんだろう?」
「ジュース? なんだろう? サイダーかな」
取り出して印字されているラベルを読み上げる。
「氷清村のおいしい水……」
一同、上がったテンションが一気に下がる。
まあ考えてみればこういうところで貰うものって、こんなもの。
展示場のあった建物を出て別のところに移動しようと外に出たときに、入り口脇の駐車場に一台の高級車が道路に止められていることに気づいた。
「ああ、予定通り進めてくれーー。こっちは話がついた」
さっきの……凍子の奴のお父さんだっけか。
さかんに携帯電話でどこかへ電話している。
険しい顔をしてビジネスっぽい会話をしている。
ドアをスーツを着た男がうやうやしく開ける。
そのまま車の後部座席に乗り込んでゆく。
運転手つきか……凄いなやっぱり。
「やあ、凍子の友達か。また会ったね」
乗り込む前にこちらに気づき、急にまた笑顔に戻る。
が、はっとボクの方を見てしばし顔が強ばった。
「君は……」
ボクの方をまじまじと見る。
「いや、失礼するよ」
ボクも他の三人も、会釈した。そのまま車は発進していった。




