第四十五話「雪まつり 前編」
「じゃあ、行ってくるよ」
靴を履きながら、後ろを振り返り父さんと母さんに手を振る。
「行ってらっしゃい、雪耶」
「おう、こっちは気にせず楽しんでこい」
空を見上げる。
少し細かい雪が降っているが悪天候というほどでもない。
「氷清村雪祭り」は催し物がどうしても少なくなりがちな冬に行われる貴重なイベントだ。
ボクの家のような観光をネタにやってるような仕事の家にとっては、年末年始などのビッグイベントも過ぎて、なんとなく中だるみしてきた時期にやってくるカンフル剤のようなイベントであった。
村の観光協会がいろんなところで事前の宣伝を行い、観光タイアップして雪像の建設と特産物のアピール、ライブステージなどをもうけて大々的に行う。
一週間続いたイベントも明日で最後。最後は盛大なフィナーレが行われる。
会場の公園広場に近づくと喧噪が聞こえてきた。
今年もかなりの賑わいのようだ。
「雪耶ちゃん!」
すでに待ち合わせ場所の会場入り口前には、クラスメイト女子たちがいた。
岡本梓、藤崎舞。そして夏美ちゃんもいる。
コートはもちろん暖かさを重視したものだが、可愛い耳当てや明るい色彩のマフラー、それにスタイリッシュなスカートとタイツを組み合わせて
いる。
長靴や冬用の靴も精一杯おしゃれをしている。
「じゃあ、行こうか」
「出発!」
簡易的に設けられたアーチ状の構造物をくぐる。
メイン会場にはこの日のために作られた雪像が設置されている。
人気の子供向けアニメのキャラクターを象ったものや、タレントを模したもの――。
「すごいねー」
実は知っていて初めてではないこととはいえ、やっぱり圧巻だ。
「これなんか、どうやって作るんだろうね」
「今にも崩れそうなのに――」
恐らく適当に作ったのではない、いろいろな技術を使ったと思われるものも見かける。
「うわ、これなんかやばいよ」
夏美ちゃんが、とある雪像をみて絶句した。
確かにでかい……。
けた違いの大きさの雪像があった。
西洋風のお城を模した。
豪華な装飾や造りだけでなく、内部に氷の部屋まであって、中に入れるようになっている。
滑り台も作られていて、子供たちが何人も滑ってはしゃいで遊んでいる。
掲げられている看板をみると氷倉ホテルとある。
「すっごいよー。一週間前から、トラックやショベルカーが、何台も使ってたくさんの作業員の人が作ってたもん」
たくさんの人が写真を取っているのをみても、この雪まつりの目玉になっているのがわかる。
氷倉ホテルは、協賛企業にも名を連ねている。
確かに……心なしかこれまでよりも今回の雪祭りは豪華になっている気がした。
人も多く集まっている。
金にものをいわせやがって。と毒づくも、やっぱりお金も大事である。
それ以上いうとやっかみでこっちがみじめになるのでやめることとした。
少し外れた場所では仮設のスケートリンクが設けられている。
遊ぶ小学生ぐらいの子供たちの歓声やそれを取り巻く親とおぼしき大人たちのざわめきが聞こえてくる。
が、ボクはスケートは無理なのでここはパス。
でも優雅だな……。
流石に外はこの冬まっただ中では、難しいので広場に隣接する公民館の体育館や会議室を上手に使って模擬店がでている。
例外として、かまくらを使って過ごせるようにしたかまくらカフェなんてのもあるが、スゴい行列だったのでパスすることにした。
代わりに出店の1つで、豚汁と焼きそばを買う。
藤崎舞さんは、たこ焼きだ。
ついでに無料で配られていた甘酒をすする。
暖かくて美味しい――。
「おう、雪耶ちゃん」
模擬店をやっているお兄さんに声をかけられた。
「こんにちは」
小さな村だから、大抵顔見知りにはなる。
特に店をやっている人たちはそうなってしまう。
たまに夕方にうちで定食を食べにくる。
高校卒業後に地元の小さな会社に入った。
実家もまた小さな雑貨屋を営んでいる。
いずれは継がないといけないだろうとビールを片手にこぼしているそんなお兄さんだ。
「雪耶ちゃんは、うちの町の看板娘だからな」
看板娘……か。
「スゴいね、雪耶ちゃん、もう町の顔なんだね」
パンフレットで会場案内図をみると写真展やら歴史コーナーやら、コンテストのブースも設けられている。
特設の物産販売のコーナーもあって、そこは凄い人だかりだった。
試食の列に並んでいると、ざわざわした音が聞こえる。
振り返ると、コンパニオンのような格好と化粧をした若い女性がカメラマンを従えて会場を練り歩いている。
ミス氷清村と書かれた襷をかけている。
「へえ、こんな人もいたんだ……」
綺麗は綺麗なんだけど垢抜けていなさが、なんともいえない。
ボクの呟きに藤崎さんが耳元でささやく。
「ソフテニ部の松田先輩のお姉さんだから、滅多なことは言わない方がいいよ」
あ、あの観光協会に勤めているとこの姉妹……。
小さな村。繋がりはどこかしらにあるのだ。
もちろん、その辺のしがらみはボクも知っている。
口を滑らせるようなミスはしない。
「ところで何? あの着ぐるみ」
ミス・氷清村のその隣に、着ぐるみ人形が盛んに手を振っている。
「え? 知らなかったの? ひょうせい君だよ」
「ひょうせい君?」
「三年前に、デザイン公募で決まったキャラ、最近結構いるんなとこでアピールしてるんだけどなあ」
「ゆるキャラ? ……うちの町にもあったんだ」
となると村長の娘の夏美ちゃんのパパも関わってるんだろう。
ごめんなさい。
微妙なキャラはいかにも流行らなそうだった。
というか表情が妙にリアルで、子供が泣き出すぞ。
「あ、お父さんだ」
夏美ちゃんがスーツを着た大人の人たちの集団に向かって手を振る。
確かに夏美ちゃんのパパ――そしてこの村長さんがいた。
スーツを来た人たちが周りを囲んでいる。
「ほら、よそからも招待している人たちが来てるのよ。ほら、友好関係を結んでいる市長さんとか偉い人とかもいて、一日挨拶周りよ。あそこなんか鹿児島から来てるだって……」
九州から……凄い。確かに鹿児島の黒豚がなんたらという垂れ幕がブースに貼られている。
そういえば寒さ馴れしてなくて無駄に着込んでいるので一目でわかる。
あれだと熱いだろうに。案の定汗塗れで風邪引かないか心配だ。
「大変だね……」
「あれも仕事だからね」
色々と知らない苦労とか気遣いも多いのかな。
「あ、凍子さんだ。その隣にいるのはお父さんかな?」
ちょうどたこ焼きを頬張ろうとたこ焼きに爪楊枝を刺したところで、藤崎さんが気がついた。
「ほんとうだ……」
氷倉凍子がいる。そのすぐ隣に立っている男の腕を取りながら会場を歩いている。
男はボクの父さんと同じぐらいの年齢に見えた。
父親のように見える。
あいつめ……。
ワンピース風のドレス風の洋服でおめかしまでして、長い髪も今日は後ろで縛っていて、動くたびに揺れる。
(お上品ぶって……)
にこやかな笑顔を見せているうちに、こっちにも気がついた。
「あら、ごきげんよう。みなさん」
ボクにも当然気づいている。
微妙な空気が流れていることは、当然他の女子も気づいている。
ボクとこいつには因縁があるらしいことも、静かに生徒同士広がっている。
「あらあら、誰かと思えば北原雪耶さんではありませんか」
「これはこれは、氷倉凍子さん」
お互いの正体は雪ん娘。
「この町での新しい生活はいかがですか? 女の子らしさも少しは身につきました?」
ボクの正体を知っての発言。
「そちらこそ、人間の真似事に精を出していらっしゃることで。山の空気が恋しいのでは?」
ボクもこいつの山育ちの正体を知っている。見栄張って都会のお嬢様を名乗っている――。
「まあ、なんのことやら」
緊張を打ち破るように、凍子の傍らにいる男が語りかけてくる。
「やあ、君たち、凍子のお友達かい?」
「あ、は、はい!」
氷倉グループの偉い人っぽい。
高級スーツが似合っていていかにも社長然としている。
きっと若い頃はイケメンという部類としてもてただろうな、ぐらいには雰囲気は良い。
「これからも仲良くしてやってあげてくれないか?」
「は、はあ……」
「お父様、あっち行きましょう」
「お、おい。その呼び方は人前では……」
凍子は目をきらきらさせて父の手を引っ張って次の展示ブースへ向かう。
「なんか、凄く仲がいいんだね」
「うちなんか、口喧嘩が絶えないのに――うぜえ、あっちいけって。雪耶ちゃんとこは?」
「流石にそこまでは……ないかな」
苦笑い。うちではそんなこと思いもよらない。
実際母さんにそんなことをすればどんな恐ろしいことになるかわからないけど。
「あ、お父さん!」
夏美ちゃんが大きく手を振った。
村長さんでもある夏美ちゃんのお父さんたちとその取り巻きの集団が見えた。
この雪まつりの責任者だ。
「おう、夏美、楽しんでってくれ」
夏美ちゃんのお父さんはにこやかに、笑顔を見せてくれた。
お祭りは順調みたいである。




