第四十四話「予感」
昨日のあのおばあさんの話は今もボクの脳裏にこびり付いている。
幼い頃に出会った不思議な雪ん娘の話。
そして母さんのあの反応――。
ボクは薄々は感づいていた。
母さんとは、十年以上離れ離れになっていた父さんとボク。
父さんも母さんも明るく振る舞っていて、ボクには落ち込んでるところをみせないが、引き裂かれていたのは事実だ。
雪ん娘、雪女ってなんだろう。そしてまだ会ったこともない山の神様とは……一体。
疑問はいっぱいある。
今は修行に店番。
毎日慌ただしくてそこまで手が回らない。
その上、何はともあれボクは学生だ。
学生の本分は勉強。
それも女子中学生――。
何度でもいうが女子……中学生だ。
「ふんっふん、だめだあっ」
今、ボクは朝の洗面台で顔を真っ赤にしてブラのホックを後ろで止める作業に勤しんでいる。
なにが悲しくてこんなことに必死になってんだ……。
なかなか留まらない。
「こつでもあるのかなあ……」
そのうち慣れちゃうのかな。
ボクだって……一応おっぱい星人を自称していたんだぞ。
この胸だって……。
自分の胸を鑑みる。
夏美ちゃん評によると、形がよいとほめてくるが、ボクからは落第点。
多分平均的なものだろう。
かえってがっかりする程度の膨らみだった。
よってとくに何もそそられない。
まあ自分の胸にそそられたらそれはそれでまずいかもしれないけれど。
どこかの漫画アニメのようにエロい顔して「これがおっぱいか、すげー」って胸を揉むみたいな展開はない。
こんな中途半端ならかえってないほうが――。
この後、制服であるセーラー服に着替えてスカートも穿く。
ようやく身支度して部屋を出る。
「おはよう、雪耶――」
円卓の上には既に朝ごはんが準備されている。
「あ、か、母さん……おはよう」
相変わらず母さんは朝が早い。父さんは遅い。
昨日ちょっといつもと違うところを見せた母さんだったが、今日はいつもどおりだ。
「おはよう! 雪耶ちゃん」
色々疑問なところがあるが、とにかく目まぐるしいのでいちいち悩んでいられない。
旅行も楽しみにしている時が一番楽しいのと同じものだろうか。
「おはよう、雪耶ちゃん」
今日も空はどんより曇り気味。今は降っていないが、たぶん午後にはまた少し吹雪きそうだ。
「おはよう――夏美ちゃん」
家から出ると冬用のセーラー服姿の女子中学生がいた。
「智則……君は?」
おもわずまた呼び捨てにしようとしてしまったので、敬称を付け加えた。
「あ、なんか今日は先に行ってだって」
もうファーストネーム呼びもそろそろ一月が過ぎようとしているので、タイミングは頃合いだと思うけれど。
「朝練、大変だね」
少し欠伸をする。
「もし大変だったら休んでもいいと思うよ? 皆雪耶ちゃんの家のこと知ってるし」
「ううん、いいよ。なるべく出たいし」
中学生と雪ん娘修行と家の手伝いでいっぱいいっぱいで部活までは手が回らないのが実状である。
真剣に取り組んでいるわけではないが、かといって手を抜くとどういう言われ方をするかわからない。
慣れ親しんできたとはいえ、ボクはあくまでも転校生である。
とりあえず現実に合わせているだけで、決して女子であることをそのまま受け入れているわけではない。
「北原さん、おはよう」
「おはよう、山下君」
教室にはいると皆が挨拶をしてくるのでそれに答える。
「雪耶ちゃん、おはよう!」
「おはよう、みんな」
クラスの雰囲気は悪くない。
小学校も中学校も。
良くも悪くも小さな世界だ。
小学校も中学校も統廃合されて1つしかない。この氷清村で育った子供はだいたい同じ面々である。子供の頃から仲がよい者同士ーー。ずっと一緒。
幸いなことにいじめなどの陰湿なものはこの学校ではない。
ただ変わり映えが無いのは確かだ。
さらには何がしかの繋がりがあることだ。
飲食店、建設業、不動産、旅館など。都会のようにマンションの隣に住んでいる人もわからず、職業もばらばら……なんてことはない。
サラリーマンなども少ないぐらいだ。
人間関係は濃密だし、だいたい家庭内の事情はばれる。
だからたまに転校してくる雪耶のような存在は貴重なのである。
あっという間に話題の餌食である。
「雪耶ちゃん、雪乃亭にいるあの白くて綺麗な女の人、誰なの? この間店の前を通りかかったとき、お母さんもあの人誰だろう? っていってたよ」
当然のことながら、北原家のことなども知られることになる。隠しごとはできない。
「あ、おかあさ……叔母さんなんだ」
そうそうボクは一応従妹ってことになってるんだ。
「ええー、そうなの? じゃあ雪哉のお母さんなんだ。すっごく若いよねえ」
「ああみえてわかづくりだから」
「じゃあ歳はいくつなの?」
「ええ……っと……」
母さんの年齢は聞いたことがなかった。
なんかやばそうな気がして。聞くことができなかった
「結構いいとしなんだよ、三十……いや、三十後半、ごほん、三十八ぐらいかな」
年齢不詳です。
今ボクが十四だから……そのぐらいだろうとすかさず計算した。
四十だと鯖読みすぎか。
逆に鯖を読むのも珍しいけどね。
「もうあれで中年だよ」
この会話、母さんに聞かれたらなんというだろう。
「ええー、二十五歳のうちのお姉ちゃんより若くて綺麗だよぉ」
「お姉さん、おこっちゃうよ」
「げ、雪耶ちゃん、黙っててよ、お願い」
なんとなくトボケた。
「そういえば雪耶ちゃん、今度の雪祭りどうするの?」
今度は男子たちに声をかけられた。
「え? わたし?」
「俺たち、日曜に遊びに行くから来ない?」
すかさず女子陣がブロック。
「ごめん、雪耶ちゃんはうちらが先約済み」
「なんだよ~ちぇっ」
本当は、行っても全然かまわないのだけど……。
基本仲が良いとは思うのだけれど、それでも気を使わないといけない。
「智則……くんはどうするの?」
「え? 俺はその日は模擬試験だから行かない」
チラッと智則の方を見ると向こうは目を逸らした。
最近智則と話してないな……。
今回は次の準備的なエピソードなのでお話しに進展はありません。




