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第四十三話「昔話 ⑤」

 小春さんは毎日待ち合わせに行っていたカラマツの木の下に行っても、もうあの雪ん娘には会えなかった。 


「それからというもの、ぱったりとこんようになっての。どうやら、あの子は村人の反応を察していたようじゃった」


 村から恐れられていることも感づいていて、近づくのを自分から避けたというのが小春さんのみたてらしい。

 自分がこれ以上村に入って行ったら小春さんにも、その家族も、村人にも迷惑がかかる、として。


「きっとまだ早すぎたんじゃな……人と雪女が触れあうことは――」


 寂しいことは寂しかったが、あの少女のおかげでできた友達のおかげで孤独ではなくなった。

 学校も楽しいところに変わった。

 やがて中学校へあがり、知り合った男の子と親しくなった。


「それがうちのじいさんだった。まっさかその時には、結婚までするとは思わなかったなあ、わっははは」


 笑い声が部屋に響く。

 お腹に力が籠った元気な笑いだった。


「わしは知っておる。あんたたち雪ん娘はわたしたちとなんも変わらんって。一緒に笑うことも泣くこともできる恐ろしい存在じゃないって」

「そ、そうだったんですか」


 おばあちゃんの昔話は興味深い話には違いなかった。

 ボク自身この村の言い伝えだってあんまりよく知らないし、雪女のお話だって絵本で見たような程度しか知識がなかった。

 まさか自分が雪ん娘そのものになるなんてことすら思わなかった。


「じゃあ、ボク……ごほっ私も見つかったら、偉いことになるんですか?」

「心配せんでええって。雪女や雪ん娘の言い習わしを知ってるのは、わしの親や祖母ちゃんぐらいの年齢じゃ。しかも信じているのはもうほとんどおらん。ばあちゃんに限らず昔はもっと里に雪ん娘がやってきて子供と遊んでたらしいが、ここ最近は中々降りて来なくなったしのう」


 ひょっとしてゲレンデやら温泉施設ができたとかそんなベタな理由だったりしないよなあ。

 これも山の神様とかが関係してる?





 お話しが一区切りしたし、思わぬ有意義な話も聞けた。

 さて、そろそろ修行に……。


「じゃあ、これで――」


 ちょうど良いタイミングとばかりに、立ち上がろうとしたが、小春さんは、またポンと手を打った。


「そう、そうじゃ。じいさんと親しくなったきっかげが、雪ん娘のことがきっかけでのう。じいさんはわしの話を信じて雪ん娘が村にやってきても追い出さないっていってたんじゃ」

「えっそ、そうだったんですね」


 振り出しに戻った。


「新婚旅行に行った京都の旅館で、爺さんと初めて結ばれて……」

「そ、そうなんですか」


「部屋の明かりを消したら、じいさんがぎゅっと抱きしめてきて、もう抑えられんいうて布団に押し倒してきて――」

「は、はあ……」


「子供が生まれた時嬉しくてのうは……二人までと思ったけど結局七人つくって」

「お、おめでとうございます」


「孫が誕生してのう、今は二十人はこえとって、顔と名前が覚えきれんで」

(うう……話が長い……)


 足がしびれてきた――。


 二時間後、ボクはようやく解放され……いや山小屋を後にした。

 玄関まで送られた。


「おばあさんも元気で――」

「次に会えるかどうかわからんけどなあ、土の下にいるかもしれんで、ははは」

「そんなこと言わずに、またよろしく」


 何度か振り返ったが、お婆さんはずっと手を振っていた。


「ひえ、もうこんな時間か」


 時計はもっていないけれど、もうすっかり夜の入り口だ。

 ただでさえ短い日が薄暗くなり始めている。

 今日は修行は切り上げ。

 積もった雪道を急いで帰り道についた。

 ようやく家の入口に辿り着いた。


「あら、雪耶。遅かったのね」


 裏口から入ったボクに気付いた母さんの声だけが聞こえる。

 客席のざわめきがここまで聞こえてくる。


「ただいま……」


 体に纏わりついた雪を払う。


「修行、お疲れさま」


 そっと店の中を覗くと母さんはエプロンをしてお客の応対をしていた。

 気のせいではなく、以前よりお客はぐっと増えている。


「あら、疲れた顔をしてるけど、どうしたの?」


 少し時間に余裕が出てきたときにボクに話しかけてきた。

 流石母さん、表情の変化に目聡い。

 ことの次第を話した。

 村外れのおばあちゃんの長話に付き合ったことを話した。


「山の入り口にあるロッジに住んでるおばあちゃんに、ちょっと捕まっちゃって」

「おばあちゃん……そうだったの」


 エプロンをゆっくりと外しながら呟いた。


「何か昔、雪ん娘に会ったとかなんとかで色々話を聞かせてくれたんだ。お茶とかお菓子もご馳走になっちゃって……」


 数秒だけ母さんの動きが止まったが、空いているテーブルの上を布巾で拭く。


「あら、そうなの? それは良かったわね。今度雪耶がお世話になった御礼にいかないといけないかしら――」


 母さんは作業をしながら、いつになく尋ねてくる。


「それで、そのおばあちゃん、一人で元気だったの?」

「え? だいぶ腰も曲がっちゃってるんだけど、体は健康そのものだって。子供もお孫さんも皆んな都会に出ちゃったけど、一人で気楽にやってるって」


長年連れ添ったおじいさんが亡くなった後に都会に出た子供や孫から今の土地を引き払って一緒に暮らすように申し出があったが断って、あそこにとどまっているという。体が言う事を聞くまでは。できればこの地で最後を迎えたい、今はここが好きだからという。


ボクの話に耳を傾けつつ作業をしていた母さんはちらりと窓の外を見た。


「そう……良かった。小春ちゃん、元気でやってたのね――寂しがり屋の小春ちゃん――」

「?」


 テーブルを拭き終わったまま、そのまま動かない。

少し物思いに耽る母さん。そして小さくため息をついた。


「昔は色々あったのよ。ちょっと早すぎたかなあって……」


 ボクの知らない部分を母さんはまだまだ持っている。

父さんと出会ったにしろ母さんが村の暮らしに溶け込むのが早いのは何か理由があって、何となくわかったような気がした。

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