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第四十二話「昔話 ④」

 それから三日間薄暗い畳の部屋に閉じ込められた。

 外から戸は固く閉ざされて、どんなに泣いても叫んでも、出して貰えなかった。


「わしは家から一歩も出させてもらえんようになった」


 そんなことはない、ちょっと普通の子とは違うけど優しい子だった。そんなことはしない。なんなら会ってみればわかる。

 訴えたが聞く耳を持ってもらえなかった。

 なんとか家から出ようとしたら、母にも叩かれた。


「こはるは知らんかもしれんが、昔から村の若い衆が何人も雪女に氷漬けにされとるんじゃ、こはるも捕まったらずっと出られんようになるぞと」

 

 自分を家に閉じ込めただけでなく、村の住人にもそのことを伝えて子供たちを家から出さなくなった。

 雪ん娘が村に入ってきた。村に入ってこないように子供たちを隠し、大人たちが見回りをして追い払えと。


「おとんもおかんもわしは好きじゃったが、これだけは受け入れられなかった」


 閉じ込められた部屋で泣いていたこはるさんだったが、ついに意を決した。

 トイレに行くといって、部屋から出させてもらったその隙に、家を抜け出したのだ。 

 あの子の待っている場所へ。

 あの子は雪化粧されたカラマツの木の下で立っていた。3日間、行けなかったからもう会えないと思っていた。

 ぼんやり空を眺めていた。自分を待っていると確信して駆け寄った。

 その子も自分の姿を見ると笑った。


「こはるちゃん」


 と嬉しそうに手を振った。

 そりゃもう嬉しくて、思わず抱きしめた。思わず泣いた。


「ごめんね、こられなくて」

「いいんよ」


 後から考えてみれば、雪ん娘なのを知ってたはずなのに、何故か冷たくは感じなかった。


「行こう、こはるちゃん」

「うん行くよ、どこまでも」


 




 今日はとっておきのところに連れてってくれるというからと着いていった。


「こはるぅ――」


 遠くから声が聞こえてきた。抜け出したことに気付いた父が追いかけてきていた。


「行ったらいかんっ」


 振り返ると後から追いかけてきているはずの大人はずっと遠くだった。


「山に連れてかれてしまうぞ!」


 他にも大人たちが叫んでいる。

 鍬や鉈――中には鉄砲を持っているのが見えた。雪ん娘に合わせているのがわかった。

 一瞬みせたその子の顔を忘れられなかった。

 悲しそうな表情を浮かべていた。

 雪ん娘が捕まったらどうなるか、自分にもわかった。


「だめ! 逃げて!」

「大丈夫よ」


 その子が手をかざすとびゅうっと風が起きた。


「!?」


 たちまち沸き起こった風と共に雪が白い幕のように舞い上がり、周りからの視界を遮断する。


「うわああ」

「こりゃ駄目だ」

 

 大人たちの声が聞こえた。

 二人を包んだ白い壁は外から遮断する。


「おいで、こはるちゃん」

「うん」


 その子の起こした吹雪に紛れて大人たちの目をくらませた。

 不思議な感覚だった。吹き荒れる吹雪が自分たちを守ってくれている。


「不思議なもので、その子の後についていくと山の奥深くでもひとっ飛びでいけた。えらい驚いた。その頃はまだ誰も登ったものはおらんかった氷清岳の頂上に、自分が立っていた」


「ここは……」


 すぐに見える景色で分かった。

 この地方で一番高い場所、氷清岳の頂上だった。いつも毎朝天気のいい日に麓から眺めていた天へそびえ立つ白い頂きの上――。


「ほら、いい場所をみせるっていったでしょう?」

「うわあ、綺麗――」


 晴れた空から見えた景色は例えようもなかった。澄み渡った空気で遠くまで見渡せる。

 遥か彼方まで大地が尽きるまで――。


「村がちっぽけでなあ――雲も空の上にいるようじゃったわ」


 だが、すっかり凍えてしまった。風もなく晴れてはいたが三分といられない寒さだった。寒そうにしていると――。


「こはるちゃん、寒いん?」

「う、うん……」

「じゃあ、あそこへ行こう」


 再び手を引っ張ってどこへともなく自分を連れてゆく。

 今度はどこへ連れていくのか――。

 不思議に思っているとふいに景色が一変し、今度は湯気が辺り一面に立ち込める谷間にいた。

 そこには、とうとうと温かい温泉が沸いて出ていた。遠くに川があるらしく冬にも関わらず微かなせせらぎも聞こえた。


「入ってもいいいうから、服を脱いで温泉に入ったわ。あんなに気持ちのいい風呂は生涯一度きりじゃったなあ。あの雪ん娘さんは温泉は苦手じゃいうて、自分は足をつけとるだけじゃったがの、ほほほ」


 よっぽど楽しい思い出だったらしい。

 やがて温まっていると、湯気の向こうから声がして人影が現れた。


「この子誰? こんなところまで人の子を連れてきてまた叱られるよ」


 現れたのは髪が長くて雰囲気が違うがやはり色白で、綺麗な女の子だった。すぐにその子も雪ん娘だとわかった。

 山には他にも沢山雪ん娘がいることを知った。


「冷子、その子、うちが連れてきた。手出したら駄目だ」

「まったくあんたは……人里遊びもたいがいにせんと」

「ほら、これ面白いよ。この小春ちゃんがくれたんよお」


 小春があげた風車を懐から取り出した。


「わあ……綺麗――」


 一瞬目を奪われたことに自分で気が付いたのか、もう一人の雪ん娘は恥ずかしそうにした。


「ごほん、まあ、怒られるのは、あんただからええんけど」


 照れ隠しのように顔を背けると、去っていった。

 苦笑いしていた。


「頭堅いのがいるのは、どこも同じじゃね」



 遊んで日が暮れそうになった頃、うちに帰りたくない、一緒にいたいといったけれど、断られた。


「こはるちゃんは里に戻ったほうがいいよ」


 家に帰れと。優しく諭されたのでそれ以上駄々を捏ねたりはしなかった。


「家まで送ってくれた」


 別れ際、打ち明けられた。

 自分は雪ん娘でもう春になるから、しばらく山から降りてこられない。

 次に会えるかどうかもわからない。これが最後かもしれないことも言われた。


「さようなら――雪……の ゃん」

「元気でね、こはるちゃん」


 なんとなく――覚悟ができていたのだろうか。向こうから本当のことを言ってくれたことが嬉しかった。

 今度は泣きわめいたりはしなかった。

 また二人で抱きしめあって別れた。

 何度も手を振って別れた。


 家の戸を恐る恐る叩いたら、母が現れわっと声をあげて泣き出した。


「家に帰ったら、おとんとおかんは泣いてわしを出迎えた」


 小春さんがいなくなって村は大騒ぎになっていた。村の男たちが鉄砲を持って山に入ろうかどうか、相談をしていたが、結局本当に雪女に掴まったらとても敵わない。ということで断念したらしい。

 それほど村の者たちは恐れていた。

 もう娘は帰ってこないと思ったらしい。

 あんまり心配したそうなんで、かえって怒られなかった。


このエピソードは次で終わりになります。

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