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第四十話「昔話 ②」

 お婆ちゃんは小春さんという名前らしい。

 確かに山小屋にはボクとこの小春さんの二人だけの気配しかない。

 ややしわがれた声がよく響く。

 そして二人の足音だけが聞こえる。


「今年はいつになく里に雪がよく降るから、ひょっとして雪ん娘がおりてきておるんかと思ったけどやっぱりそうだったんだなあ」

「そういうもんなんですか」

「ああ、あの山には雪女と雪ん娘がいるから、雪が絶えることがないし、特に村の近くにやってくると、麓も吹雪くんじゃ」


 あの山とは氷清岳のことだ。

 まあ、確かに氷清岳の周辺は雪がしっかり降ることで有名だ。記録的な暖冬で雪不足で各地のスキー場が閉鎖されて困っているような年でも、毎年しっかりと雪が積もるのだ。

 スキーヤー、スノーボーダーの間では有名である。もちろん、人工降雪機などの出番はないし天然の良質の雪に恵まれているので、その筋ではファンが多い。

 小春さんが歩きながらポツリと呟いた。


「あんときもそうだった。いつになく雪が降ってた」


 あんとき?

 言葉の節々に気になることがちらり垣間見える。


「ほら、ここじゃ、ここでゆっくりしてってや」


 やがて廊下を抜けて小さな洋間に通される。

 部屋の脇に小さな石油ストーブがあり赤々と燃えている。真ん中のテーブルには蜜柑が乗っかっている。

 大きな建物の中で、実際に生活空間として使っている場はキッチン、風呂とこの10畳あまりの部屋のようだった。

かつては活気に満ちていただろう山小屋の残り香を辛うじて受け継いでいる。


「座って座って」


 おばあちゃんはボクのために椅子を奥から引っ張り出して用意してくれた。


「あ、や、やりますよ」


腰の曲がったお婆ちゃんにさせるのは忍びないので途中から椅子を受け取って自分で床に置いてそのまま座った。


「すまないねえ」

「いいえとんでもない」

「今お茶を持ってくるから、座って待ってて」


 ボクに背を向けてふたたびキッチンへ踵を返した。


「あ、あの……今は修行中で……」

「最近は訪ねてくるものもおらんでの、まあその方が気楽は気楽だけどな」


 あまりこっちの声は聞こえていないようだった。

 奥の方でちょぼちょぼとお茶を注いでいる音が聞こえる。


「いやしかしまあ、いつか、また雪ん娘に会えるかと思っておったけど」


 やがて静々とお盆を持って現れた。濃いお茶に和菓子の羊羹まで差し出された。


「心配せんでええって。ええって。あんたたちのこと、じいさんにも内緒にしとったんだから」


 そわそわしているこちらを感じ取って、気を使っているようだった。


「そ、そうですか」


そして小春さんはお茶を置いた後によいしょと声を出しつつ椅子に座る。


「こうしてまた会えるとは思わなかったなあ。先に逝ったじいさんへのいい土産話になるなあ。あっちではしゃべってもいいじゃろ?」

「は、はあ……」


 頭から足まで嘗めるように見回す。


「しかしまあだ山にいたんだなあ。昔見た子とそっくりだあ」


 うんうんと頷く。


「昔?」


 ボクが聞き返すと小春さんは、目を細めた。

 自分の奥深い記憶の底から引っ張り出してきているようだ。


「そんだあ。昔、ばあちゃんが子供の頃、村にこっそり降りてきた雪ん娘と仲良うなって、一緒に遊んだ覚えがあるだぁ、白くて綺麗な子だったべなあ」

「そうなんですか……」


昔の雪ん娘か。ちょっと興味はあるな。


「なんて名前だったかなあ。ゆきな、ゆきね……じゃなくて、ゆき……」


ボクが興味を示したので小春さんも一生懸命記憶を掘り起こす。そして昔語りが始まる。


「もともとわしは……山科村のもんだったんだ」


 山科村とは、氷清岳を挟んで反対側にある村だ。


「そのころは皆、今よりずっと貧しくての、冬の間はおとんは街へ出稼ぎに行っておかんも女手一人じゃ厳しいんで、当時実家のあった山科村の、ばあちゃんのばあちゃんの実家に預けられたんだ。そん時はまだ10歳のガキンチョの時分じゃ。毎日家の手伝いをやらされて遊ぶこともままならんかった。そんな状況じゃからなかなか地元に友達もできんでな。ある雪が降る夜のことじゃ。その頃住んでいた家の裏で寂しくてこっそり泣いていた」


 今より昔、ネットもゲームも無い時代に、人の繋がりが断ち切られてはどれだけ孤独かは想像に難くない。ボクだって学校で智則や夏美ちゃんたちがいなければ、どれだけ寂しいか、考えたくない。


「そん時じゃ。誰かの気配がして、顔をあげると目の前に見たこともない綺麗な女の子がおった……」

「女の子……?」


小春さんがお茶を飲んだのでボクもお茶に手をつける。


「あちっ……」


 思ったよりも熱い。というか以前に比べて猫舌になったな――。

 ボクの様子を眺めて満足そうに笑う。


「真冬で雪が降り積もっているのに、着物一枚で立っておる」


 自分と同い年ぐらいの不思議な女の子だった。

 そして少女はこう言ったらしい。


「人の友達が欲しい、人がどんな風に暮らしてるか知りたい」と。


「一人でいるわしの方が、話しかけやすかったんじゃろうか。わしも同い年の子としゃべるのができて嬉しくなって、そんの不思議な子に街のことを知っている限り話した」


 少女は興味深そうに聞いた。

 学校に通い、家に帰って母親や祖母と食卓でご飯を食べる。

 炊事、洗濯、畑の世話。

 そんな人の暮らしの他愛もなく当たり前のことでも嬉しそうにふんふんと聞いてくれる。


「ありがとう、面白い話聞かせてくれて」


「あなたはどこから来たの?」


 小春さんがここでやっと聞いた。


「あそこからよ」

 と聞くと、山の方を指さした。

 そして。

 また来ると――。言い残して夜の暗い山の中へ去っていった。

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