第四話「母さんは雪女!?」
何の前触れもない衝撃的な告白だった。
当然ボクの頭は混乱する。
僕の母さんが雪女? 父さんは一体何を言ってるんだ。
「ゆ、雪女ってあれのこと? 昔話に出てくる」
若い木こりが雪山の小屋で若い雪女に出会って、氷にされそうなところを助けてもらってこのことを喋ったらただじゃおかないとか言われたけど、後日結局喋っちゃって、めでたしめでたしになる話だっけ? 記憶がきちんと再生されないがこんな感じだ。
「そうだ。その雪女だ」
「……」
体が外の屋根から垂れ下がっている氷柱のように凍って固まっている僕に構わず父さんは続けた。
「それでな、お前が十四歳になったら母さんが迎えに来ることになっているんだ。場合によってはお前を山に連れて帰るためにな」
思わず父さんの顔を確かめた。
仕事終わったばっかりでまだお酒は飲んでないし、シラフだ。それに父さんはお酒飲むと顔が赤くなるし。だとすると冗談、からかわれているのだろう。
「……冗談上手いね、父さん。ははは」
僕は笑って受け流そうとした。
どうせ、「やっぱり、ばれたか、冗談さ。さ、晩飯にするか」と言うんだ。父さんはジョークが下手だなあ、と返してやろう。
だが、期待した応えは帰ってこなかった。
「残念だがこれは冗談じゃないんだ」
父さんは真顔のままだった。
「だ、だいたい母さんは僕が物心つく前に交通事故でこの世を去ったって聞いたよ」
「くる時が来たらちゃんと話すとお前には説明したが、父さんはお前に母さんが死んだとはいってないぞ? 多分近所の誰かが憶測でしゃべっているのを雪哉がそう思い込んでただけだ。それとも雪哉、お前、母さんの墓でもみたのか?」
そう言われると、確かにこの家には位牌も無いし、墓参りもよくよく考えると行ったことがない。しかし、もう母さんはこの世界のどこにもいないと思っていた僕にとっては、あまりに衝撃的だった。
それこそ地球がひっくり返るような――。しかも雪女だという、おまけつき。
「母さんが雪女!? そんなの誰が信じられるっていうんだよ」
ばかばかしい。今時そんなの下手なライトノベルでもでてこない設定だ。
雪女なんて、古くさい子供向けの物語にしかでてこない存在だ。
「ま、そう言われても信じられないのも当然か。んー、例えばだなあ……」
父さんは衝撃を受けている僕とは対照的に相変わらず、腕を組んでのんびり構えている。
「雪哉お前、夏が苦手だろう? 夏はいつも、ぐったりクーラーの効いた家の中でごろごろしてるだろ」
「ゴロゴロしてるのは父さんもだろ。冬も苦手だよ」
「それから熱い風呂嫌いだろう。雪哉の後に風呂入る時は、いつもぬるま湯だから、父さんいつも追い炊き機能使ってるんだぞ」
「う……」
それには反論できなかった。事実、僕は熱い風呂が苦手だ。
例をあげると、二年前の小学校の修学旅行の時のことだ。宿泊先の京都で、一緒に同級生と風呂に入って、のぼせてぶっ倒れたことがあるのだ。その時は幸い友人の智則が介抱してくれた。滅茶苦茶熱く感じたが周囲からはあんなぬるま湯で、なんでのぼせるんだと呆れられた。
「それから猫舌だしな。んーとそれから……」
「わかったわかった。ボクが熱いものが苦手なのはわかったよ」
「お前が母さんの雪女の血を引いている証だ」
「……いや、そんなのを証拠といっても、無理があるって。じゃあなんで人間の父さんとその雪女だっていう母さんが出会ったんだよ」
「そう、それだ」
待ってましたとばかりに父さんはポンと膝をたたいた。
「父さんと母さんの出会いだろう。そう、あれは忘れもしない。お前が生まれる一年前の十二年前のことだ……」
(僕、十四歳なんだけど……)
忘れてるじゃんとつっこみたくたなったが、今はやめた。
「あの時、山で父さんは吹雪で遭難したんだ」
「吹雪?」
「ああ、大学の登山部でこの氷清岳に登ったんだが、その帰りに吹雪にあって登山グループと離ればなれになって迷ってしまってなあ。この世のものとも思えない激しい吹雪の中、たった一人。やっとのことで、小さな雪洞に逃げ込んで、吹雪をしのいでいたら、白い着物を着た少女が現れたんだ。自分は雪女だっと名乗ってーー。幻でも見てるのかと思ったが……本物でな」
初めて父さんから聞く話だった。父さんが東京のとある大学を出ていて、氷清山の登山、そして遭難、現れた少女、幻……それも母さんの話を詳細に。
「それがお前の母さんだったんだ。母さん、遭難をした父さんを助けてくれてな、その時にあんまり可愛いいんで口説いちゃったんだわ。いやーまじで綺麗だった、父さん一目ぼれしてなあ」
いきなりのことで声を上げれない僕を置いといて昔語りに酔って、腕を組みながら、うんうんと頷いている。
「母さんも可愛いのに初心な子でなあ……あっというまに最後までいっちまって、まあなんだ、お互い若気の至りてやつか?」
妄想で空を掴むように、抱きしめるポーズをした。
「凍った池の畔で三回目のデートしたときに、初めて二人でこうチュウを――」
「あー、もういいから」
真剣な話がこのまま背中が、むず痒くなりそうなのろけ話に逸れそうなので、元に戻す。
「ともかく、何で今そんなことを僕に告白してるんだよ」
「それがなあ、色々難しい事情があって今日まで本当のことを伏せてたんだ」
「雪女なんかこの世に存在するわけないだろ! そんなの信じられるかって!」
「だから、本当だ。雪女はいるんだ。父さんがいうんなら間違いない」
「じゃあ、なんで今話すんだよ」
「それは……だから事情があってだな……」
「ほら、答えられない。やっぱり嘘をついてるんだ!」
「雪哉、信じてくれよお。嘘なんかついてないって」
そして、居たたまれなくなって、立ち上がった。
「待て、まだ大事な話が……」
「エイプリルフールはまだ早いよ! 」
僕は叫んだあと、階段をかけあがり、二階の部屋の自室に入った。バタンと扉を閉める。そして閉じこもった。
部屋に鍵はついていないが、父さんは追ってこなかった。
「うう……母さん」
勉強机の上に俯せになってつぶやいた。
心の奥底に秘めていた想いがこみ上げてくる。
母さんが生きている。そんな重大なことを黙っていて、そして今日いきなり打ち明けられたことに、混乱したし腹が立った。
その上、雪女だったなんて信じられるわけがない。
父さんのことを信じたい気持ちはないわけじゃない。だが、僕にとっては母さんは特別なのだ。
苦しいときや辛いときに、あの写真とともに思いを馳せた。
だから荒唐無稽な話など、容易に認めたくなかった。