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第三十八話「雪乃亭デビューする」

 店は今日も大忙しだ。


「おねえちゃん、瓶ビール追加」

「はーい」


 お姉ちゃん、お嬢ちゃん、呼ばれ方は様々だが、その呼称にも慣れたというか、なんとも思わなくなってる自分が怖い。

 このところ、そんなことにいちいち心の中で突っ込むことができないくらい、土日も基本忙しい。

 閑古鳥が鳴いて他にやることがあった頃が懐かしい。

 よって、夏美ちゃんに、学校の部活を勧められたが、今は何もできないでいる。

 どうせあと一年。

 慌てて入部しなくても、なんて思ったりもしている。うちの事情を夏美ちゃんもよく知っているので、無理強いをすることもない。

 テーブルの食器を調理場の流しに下げると、一息つく。

 水を一杯飲んでいると、裏口から声がした。


「こんちはー、山本酒店でーす」


 雪乃亭にはお客さん以外の人たちもくる。

 キッチンから外に直結している勝手口から入ってきた男性。

 調理場で忙しい父さんに代わり、ボクが応対する。


「ここに運び込んでおくから、よろしく」

「すいません、急な注文なのにありがとうございます」


 冬でも色黒で筋肉質なおじさんが何度も外と店を往復する。

 いつも注文をしている酒屋の山本さんだ。

 ここのところ急にお客さんが増えたから、注文が追いつかなくなって追加したのだ。

 もう配達を一旦終了しているのに、無理を聞いてくれた。

 これだから普段からの繋がりというのは侮れない。

 ビール瓶の入ったケースを回収してゆく。


「お、雪耶ちゃんって君かい? 修司さんから聞いたよ」

「え? はい、そうですけど」


よく考えたら、この姿になって以来、やり取りをするのは初めてだ。これまでやって来たように手慣れて捌いてしまっていた。


「はい、伝票、ここにおいておくよ」


 山本酒店と店名と住所電話番号が書かれた伝票を受け取る。


「ご苦労様です、あ、こっちのジュースの瓶も洗ってそこに置いてますから」

「気が利くねえ。うちの娘は親父は汗臭いだの手が汚れてるだのいいやがって……」

「一生懸命働いてる証、だと思いますよ」


 山本さんのところには娘が二人いるが、ボクらよりも年は一回り上だ。

 特に上の娘さんは大学進学をきっかけに家をでている。

 

「くー泣けるねえ、うちの娘もそれだけ言ってくれたらなあ。手伝いなんてからっきししねえどころか、大学行ったきり、ろくに連絡よこさないし、下の娘まで影響されてこんな田舎じゃつまらないから東京にでるなんていいやがって……代々続いたうちの店も、俺の代で終わりのようだな」


 話が思ったよりもヘビーになってきた。


「き、きっとわかってくれますって」

「そうかい?」

「山本さん、がんばってますし」

「そういってくれると気が楽になるよ、雪耶ちゃんも、頑張ってな」

「あ、ありがとうございます」


 そういうと空瓶ケースを積み込んでトラックに乗り込む。

悩みはどこの家でもあるもんだな……。

 売り上げ然り、跡取り問題然り。


 うちだってうかうかしていられない。

 このまま座して待っていては先細りだ。どんどん新しいことを始めて時代についていかないといけない。

 もちろん、手は打ってある――。





 その日の夜。閉店後店を片付けて一休みの時間。

 緊急会議として、家族全員居間に集まってもらった。

 みせたいものがあるとだけ告げて父さんと母さんを座らせる。


「何なに?」

「雪耶、また何かつくったの?」

「まあね」


 いよいよお待ちかねのお披露目。


「じゃーん、ついに雪乃亭のホームページを開設しました!」


 えっへんと胸を反らせ、テーブルの上のノートパソコンの画面を立ち上げて、ブラウザを起動させる。 


「ここをこうして……」


 お気に入りからクリックして表示させる。

 そして見せつける。

『ようこそ、氷清村のお土産とお食事の店「雪乃亭」へ』と書かれたトップ画面を表示してみせる。


「すっごーい。雪耶ちゃん」

「凄いぞ、さすが我が娘よ」


 父さんと母さんが、ぱちぱちと拍手をする。

 今時、高齢者でも使いこなしてサイトやブログを開設している時代だが、うちの両親は時間の流れがこの二人だけ遅いんじゃないかというぐらいに、ネット関係には疎い。

 父さんもそうだし、母さんはなおさらだ。


「よくこんなのできたなあ」

「夜、図書館から借りた本で勉強してHTMLだのCSSだのを使って、一晩かけて作ったんだよ」

「雪耶ちゃん、頑張ってたのね」


 ずっと温めていた企画だ。丸一晩かけて作った手製のホームページだ。


「ここから……enterで入るんだ」


 画面をみつつ慣れない手つきでマウスを操作する父さんに指示を伝える。

 それにその横で見守る母さん。

 水色の背景に、でかでかとカラフルな文字で彩ったタイトルと、うちの店の前で撮った写真をトップに飾っている。


「おお、切り替わったぞ」

「あら、うちの店の中ね」


 写真にポイントを合せると店内の写真に切り替わる工夫もしてある。


「メニューがここから行けるのか、工夫してるあ」


 メニューの項目では店のメニューと値段を一通り載せている。


 ラーメン 500円

 カレーライス 550円

 とんかつ定食  850円

 

 ちなみにぜんざいは350円である。

 土産物の一覧を載せたページも作っている。

 アクセス方法ももちろん。

 まだまだ簡易なつくりだけど、これからどんどん宣伝に使う心づもりだ。

 日記のタグはまだ飛んでも製作中に表示されるけど、これからどんどんアップして情報発信をする。


「おお、凄い。うちの店も近代化したなあ」

「パソコン? ネット? 雪耶は凄いこと知ってるのねえーー」

「ふふん、今のお客さんは、行くお店はパソコンやスマホで調べてから来る人がほとんどだからね」


 まだトップに飾っているアクセスカウンターは10だけだが、これからこれから。

 その後、母さんは画面の前に座って父さんの説明を受けながら、マウスをかちかちしている。

 母さんは疎いが、飲み込みは早い。色んなところに行って飛んだり戻ったりしているが、早くも手慣れている。


「不思議な箱ねえ、テレビも凄かったけど、こっちは自分のやりたいようにできるのねーー」


 検索のやり方を母さんに教えた。

 さっそく器用にキーボードに打ち込んで検索をする。


「ええと……ゆ、き、の、て、い……と」


 自分の店の名前を打ち込んだのだ。

 ちゃんと漢字に変換までしている。


「あら、うちが出てきたわ」


 父さんも覗きこむ。


「お、早速「食べナビ」ってところに乗ってるじゃないか!」


 ボクも覗きこんでみた。

 

「え? 本当? どれどれ」


 確かにうちの店についても、もうコーナーが設けられている。しかももう早速レビューがついてる。


「……あ、本当に載ってる。誰かが登録してたんだ」


 僕も横から画面をのぞき込む。

 雪乃亭。

 早速、レビュー欄をクリックする。


「なんの変哲もない土産物屋、メニューも平凡。大抵空いているので時間の無いときに便利。あ、ウエイトレスーの子は可愛かったです」


 星2つ。


「なんだこれ……」


 しばし沈黙が流れる。


「ふぬぬ……」


 画面をたたき割りたい衝動を抑えていると、父さんが口を開く。


「ま、誰がなんと言おうと、父さんと母さんにとっては、この店は世界一の店さ」

「なあ、お前」

「ええ、そうよ、この店はかけがえのないお店よ」


 そしていつものラブラブを始める。


「あーーもうっ」


 床で地団駄を踏んだ。

 穏やかに雪乃亭の夜が更けていった。













☆☆☆☆☆………評価 5


メニューは豊富でどれも美味しいです。

値段も良心的で接客がとても丁寧です。

スキー.スノボに行ったときにはおすすめです。(東京.大学生.HN:うえたろう)



☆☆☆☆☆………評価5


 ここはぜんざいがおすすめです!

 こだわりの粒あんに大きなお餅の入った甘味は一休みのお供にぴったりです。

 明るく親切なお店の人が待ってますよ。(女性.HN:なつのは)

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