第三十七話「氷清中の朝」
―夏美ちゃん。連絡遅くなってごめん、突然のことで驚いちゃった?―
―もう、びっくりしたよ。なんで何も言わないでいっちゃったの?―
―本当にごめん(汗。僕もいきなりだったんだ―
―せめて出発するときは、会いたかったよぉ。でも、雪耶ちゃんが教えてくれたメッセでやりとりできるから、平気だよ―
(そういえば智則が夏美ちゃんが泣きそうだったっていってたけど……)
―そっちの暮らしはどう? 友達とかはもうできたの?―
―う、うん、とりあえず順調だよ―
―そっちの学校では可愛い子とかでもいたの?―
―ま、まだわからないな……―
―へえ、そうなんだ(笑)今度、そっちの写真も送ってね。友達とか、そっちの都会の様子とかも見たいし―
(どうしよう……)
パソコン画面を見て頭を抱える。
スマホを持っていないのでパソコンを使って行った夏美ちゃんとのメッセージのやり取りをしているのだが――。
やはり無理がある。
ボクだって都会の生活なんて知らないぞ。
色々と嘘を突き通すのは限界というものがある。
距離が離れていることになっているのが幸いだが、これで遊びに行くとか言われたら、危機的状況だ。
「雪耶ちゃーん」
当の夏美ちゃん本人の声が聞こえた。
「は、はーい。行くよ、待ってて」
セーラー服を整える。胸元のスカーフの結び方もようやくこつを覚えていた。
いつも朝に家をでるなり、夏美ちゃんから指摘を受け、厳しい指導を受けるのだが、今度こそ……。
「ほら、スカーフ、曲がってるよ」
「あ、ありがとう……」
早速結びを直される。
今日も失敗。がっくりきた。
別にセーラー服を着るのが楽しくなった、というわけではないけど……やるからには、きちんとしなければ、と思っているのだ。
「得意じゃない子、他にもいるから大丈夫だよ」
気にしないで、と肩を叩かれる。
二人で、雪で固められた道を歩いて登校する。
「雪耶ちゃん、昨日雪哉とメッセ交換したんだ。教えてくれてありがとう!」
「よ、良かったね」
「相変わらずみたいで、安心したよ」
「そ、そうだね。全然変わってないみたいだよ」
(本当は凄い変わってるけど……姿形全部――)
そして目の前にいることは明かせない。
「雪哉、やっぱり向こうの学校の女子と仲良くなったり……するのかな」
「う、うーん、どうだろう」
「ひょっとしたら意地悪されてるかもしれないしさ、東京の子ってすれてるらしいから。でも……」
夏美ちゃんは、ぎゅっと拳を握る。
「そんな奴いたら、あたし、許さないから。向こうに乗り込んでやる」
「き、きっと大丈夫だよ」
あー、やりにく……。本人、目の前にいるし。
それに夏美ちゃんなら本当に乗り込みかねない。
「おはよう、雪耶ちゃん」
「あ、智則おはよう」
後ろから追いついてきたのは、佐伯智則。
智則もコートとマフラーを羽織っての登校だ。
学生服の上にしっかり着込んでいる。
「!?」
夏美ちゃん、智則も驚いた。
その様子に何かおかしなことを言ったかな……と首を傾げて、智則をファーストネームで、しかも呼び捨てで呼んだことに気づいた。
あまりにも親しすぎる。まだ友人として段階を踏んでいないのに――。
「あ、佐伯君……の方がいいかな?」
「い、いや、いいんだ。智則でいいよ」
やや照れながらも、はっきりと言った。
「あたしが駄目」
夏美ちゃんが、すかさず割り込んできた。
「なんで、おまえが決めるんだよ!」
「駄目なものは駄目。さ、雪耶ちゃん、この人のことは鈴木君って呼びなさい」
「俺はそんな名前じゃねえよっ」
「じゃあ、マイケルで。あ、トムでもいいよ」
「それは英語の教科書に出てくるキャラだろ」
「もういいじゃん、適当で。どうせ覚える価値なし、だから」
「誰が覚える価値なしだ。勝手に格付けすんな」
まったくこの二人も相変わらずだ。
「そういえば、雪耶ちゃん、部活はどうするの?」
「えー、と」
氷清中学では、部活は義務ではないが、生徒ほぼ全員がなんらかの部に加入している。
「あ、スキー部とかは? うちは有名だよ?」
もちろん、知っている。うちのスキー部はガチの部だ。
有名なコーチを招いて、全国大会を目指している。
練習もやばい。土日もほぼびっちり練習だ。
「ソフテニ……にしようかな? 夏美ちゃんもやってるんだよね」
「うれしいけど、あたしに気を使ってるならいいよ? 雪耶ちゃん」
夏美ちゃんは、今もテニスのラケットを背負っている。
男子のソフテニの方は、ほとんど吹き溜まりのような部活。運動部にしたいが、かといってガチでやる部活には入る気にならない生徒の受け入れ先だった。
女子のソフテニは比較的熱心ではある。
「ほんと、本当だから。それに、店もあるし」
店の手伝いどころではない。
「あ、そうか……雪耶ちゃん、そっちもあるもんね」
スクールバスがごごご、ぶるぶるぶる、とエンジンのやかましい音を立てながら追い越してゆく。
バス会社の貸し切り、スクールバスの表示がされている。バスには乗り込んでいる男子生徒や女子生徒の姿が見られる。
村唯一の氷清中学は、何年か前にいくつかの中学が統廃合されてできた。なので規模そのものはそこそこだ。
よくニュースやドラマのテーマになるような、数名しか生徒がいない学校でもない。
ボクたちは比較的近いから通いだが、遠くの集落のために公立ながらスクールバスで通っている生徒もいる。
ちなみのその中学の統廃合をして、そのかわりのバスの予算を付けたという仕事をしたのが、村長であり、夏美ちゃんのパパであった。
「!?」
バスのぎゅうぎゅうと、チェーンとタイヤが雪や氷を踏みつける音に続いて現れたのは高級の黒塗りの外車だ。窓ガラスは内部は見えない。
その黒塗りの車が校門の前で止まった。
運転手が降りてきて後部座席のドアがうやうやしく開けられる。
ばたん、とドアが開けられる。
現れたのは氷倉凍子ーー。
「凍子さーん!」
手を振る生徒もいた。
おおっと周辺から声があがる。
「おはようございます! 氷倉さん!」
「凍子さん、おはようございます、お待ちしてました」
「ごきげんようーー」
なんか場違いな感じがする。ここって普通の公立中だぞ。
そんなのは、漫画に出てくる女子校やらでやれ。
腰巾着のクラスメイトたちを従えて、校内に向かう。
「雪耶ちゃん派と凍子さん派、どっちに所属するかで、結構もめてるんだよなあ」
「はあ? 何それ。まったく男子どもは何考えてるんだか」
あのお嬢様がこちらをちらり、と見た。
け、笑いやがった。自分とは格が違うとかいいたげな格好だ。
ボクはしっている。あいつの正体は、雪ん娘だ。
そして向こうもボクの正体をしっている。
「でも……男子にも優しいんだぜ」
確かに教室に向かう途中も、愛想よく挨拶している。
デレデレしている男子にも挨拶がてら手を振るのを欠かさない。
「下心はあるよ。佐伯君も気をつけな」
ボクは呟いた。
あの女、こっそり舌なめずりしてるのが目に浮かぶ。
「雪耶ちゃん、厳しいなあ~」
女の嫉妬と取られてしまった。
智則も氷にされてみろ――。




