第三十三話「学校めぐり」
廊下を歩きつつため息をつく。
「大変ね、早速人気で」
夏美ちゃんも苦笑いしながら頷く。
「いつもあんな感じじゃないのよ」
知ってる。この田舎中学にもたまに転校生というものがやって来るが、あそこまでではない。
「なんでボ……いやわたしなんかが……」
また一人称をミス。なかなか直らないぞ。
「それだけ雪耶ちゃんが魅力あるってことなんだよ」
「そうかな……」
まあ、無いよりもいいのかもしれないけど……。
「ええと、ここが技術室……あ、あそこが給食室よ」
美術室、多目的室などを案内される――。
もちろん、どこに何があるのかは知っているのだが、悟られないように合わせた。
「今時木造ってありえないでしょう」
どこも木製の柱や骨組み、剥がれ落ちたり塗り直した形跡のある漆喰の壁。
確かに年季は感じる。
「うちで唯一近代的なのはここよ」
連れてこられたのは、校舎を渡り廊下を経て続いている他の古い施設には不釣り合いなピカピカで大きな建物。
体育館だ。
「数年前に建て替えられたばっかりなの」
冬は長い間、雪に閉ざされることが多いため、体育の授業や部活など、屋内の活動ができるように整備された施設だ。全校集会などにも使うメインのホール以外に柔剣道場もある。
これで、野球部とか夏美ちゃんのソフテニ部なんかも冬に活動できるようになった。
「凄いね……こんなに立派なのはなかなかないよ」
ちょっとわざとらしいけど驚く素振りを見せる。
「そうでしょ? 最初の計画からできるまで十年近くかかってやっとできたから」
夏美ちゃんが詳しく話すのは理由がある。
実はここの体育館は村長でもある夏美ちゃんのお父さんが、村の事業として取り組んで作られた場所なのだ。
完成した際、村の小中学生とお偉いさんが出席する盛大な落成式が行われた。その時はボクも出席していて、夏美ちゃんのお父さんがテープカットしていたのを覚えている。
どんな地震にも耐えられ、風雪にも耐えることができように設計されていて、災害用の毛布食料医薬品も備蓄されている。
ここは村の緊急避難場所にも指定されている。
入り口には「氷清村災害時指定避難場所」という看板がでかでかと掲げられている。
夏美ちゃんは口にこそ出さないが、悲願の末の開設なのを父親から聞いているのだ。
「あとは……プールね。今は当たり前だけど、使ってないけどね」
さらに、その奥には夏のほんの一時期だけ使用するプールである。
今は雪が積もっていて、まったく人の気配も手が加わっている気配もない。
だがプール開きの時は、受け持ったクラスが水着を着て生徒総出でモップやホースで掃除をする。
あ、今水着のことを考えてしまった。あんまり考えたくないな……。
うちのクラスが当たらないように……と願う。
「どう? 雪耶ちゃんがいた都会の学校はもっと綺麗で近代的なんでしょう?」
「え? ああ、うん……雰囲気があっていいと思うよ。わた……しは好きだよ」
ばれないように慎重に話を合わせる。慣れない一人称を使って――。
「あたしも憧れるけど、この村は離れたくないし……」
「う、うん、そうだね」
「空気が綺麗だし。あ、雪耶ちゃんも、それでここに来たんだよね」
そうそう、ボクは喘息という設定だった。夏美ちゃんの方が設定を把握してるのはいけないな。
「そ、そうだね」
「あ、そうだ、あそこ案内しとかないと」
「?」
そしてやってきたのは保健室だった。
コンコンとノックをしたが、返事はなく、誰もいない。
よく見ると只今校内巡回中という札が掲げられている。
当面帰ってこなさそうだった。
「いいや、入っちゃえ」
戸の取ってに手を伸ばしてガラガラと開ける。鍵はかかっていない。
夏美ちゃんが大胆に入っていくので、ボクも後を追う。
「し、失礼しまーす……」
「保健室はここ。体調が悪くなったら、ここに来て。先生が処置してくれるから」
やっぱり夏美ちゃんが説明してくれる。
「特に女の子は時々世話になるからよく覚えておいて」
「う、うん」
その言葉の意味に、ボクは何の気はなしに相づちを打ったが、それで話は終わらなかった。
夏美ちゃんはさらに辺りの様子をキョロキョロとうかがう。
「?」
念入りに誰もいないことを確かめる夏美ちゃんの様子に、きょとん、としてるボク――。
「雪耶ちゃんは……その大丈夫なの?」
「え……?」
誰もいないことを確認してもなお、声を潜めて耳元でささやく。
「せいり」
整理? 何を整理するんだと数秒考えたが、違うことにすぐに考えつく。
整理、整理せいとん…じゃなくてせいり。生理?
身体が凍った。寒くないのに凍った。
「あたし、こう見えて結構きついから、よく来るんだ」
「う……うん」
し、知らなかった。夏美ちゃんが……。
「もし急にきちゃってナプキンとか対応するものがない時はここにくれば先生がこっそりくれるよ、林先生っていう女性の先生よ」
これも、覚えておいてねと付け加えた。
「そうそう、これも教えとかないと、あのね、わたしたちの間ではどうしても男子がいる前で話さないといけなくなったら、イチゴとかケチャップこの言葉を隠語にしているの。あの日とか女の子の日とかだと察せられちゃうから」
「い、イチゴ――」
小声になる。そういえば女子は時々、今朝イチゴを食べてきたとか、ケチャップをこぼしたとかそんな会話をよく言っていたような。
さっきからわなわな唇だけふるわせて何も答えないボクの様子に――。
「あ、ひょっとしてまだ?……なの?」
意外そうに、夏美ちゃんはボクの表情をのぞき込む。
女の子のぶっちゃけトークの衝撃からまだ立ち直れていない。
「大丈夫、きっと来るよ。わかるよ。私も周りの子がみんな来ているのに自分だけって思ってたから」
「それに……いざきちゃうと来ない方が良かったって思うけどね」
「は、はは……」
どうしよう――。雪哉だってバレたら、大変なことになりそう。重大な秘密を知ってしまった。




