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第三十一話「初登校!」

 この村の唯一の中学校、村立氷清中学校の始業式は雪国よろしく遅い。

 一ヶ月にもわたった長い冬休みが終わり、歴史を感じる木造の校舎には生徒の声が響いていた。

 教室では長い休みで顔を合わせていなかったクラスメイト同士が久しぶりの挨拶が交わされているはず。

本来なら同じように教室でクラスメイトたちといつも通りに休み明けの会話を交わしているはずなのだが、今ボクは一階にある職員室で座っている。

 ボクは今日、この学校に転校してきた、という設定だからだ。


「父さん……大丈夫かな?」


 ふと窓の外を眺めた。そこからは山のゲレンデが臨めて、動くリフトやらスキーヤ―の滑る様子が遠く見える。

 母さんが手伝っているとはいえ、まだスキー、スノボシーズンが続く店をおいて学校に通うのは気が気でない。けれど……学校に復帰できたのはまたうれしかった。

 転校生、しかも雪耶としてだけど。

既に父さんが転校の手続きしているので、ボクは特別にすることはない。後は教室に行くだけだ。

 以前と変わらない二年1組の担任の笠島先生が簡単にボクに学校の説明をして、その後教室へ向うことになっている。


「入口には下駄箱があるから、明日からはそこで上履きに履き替えて、朝は8時15分に席について教室へ……最終下校時刻は部活のある子でも18時半だからね」

「はい、わかりました」


 元々熱血漢タイプで、一生懸命説明してくれるが、いずれもボクは知っていることばかりであった。一応、素直に相づちをうつ。

 むしろ、さっきから何度もなおしているスカートの皺がまだ気になる。

 それに、制服の上にさらにカーディガンを着ているのだが、そのせいでさらに暑い……。下は涼しく上は暑い。

 汗がにじんだ。


「ふう……」


「そっちは副担任の数学の内田先生だよ」

「よろしくね、北原さん」


 内田先生は、後ろで縛った髪を揺らして笑う。三十代の笠島先生よりさらに一回り若い女性の先生である。これも変わらない。

始業のチャイムが鳴る時刻が近づく。


「じゃあ、行こう。北原さん」

「はい」


 先生に促されて、ボクは職員室の回転椅子から立ち上がった。

そして職員室を出て廊下を歩く。

 木造の校舎は歩くと小さくギシギシと足音がする。

 笠島先生の後ろについて階段を上って二階にゆく。

 そして廊下にまで聞こえてくるざわついた教室に到着する。各学年二クラスしかないが、幸か不幸か同じクラスの方だった。だから僕はクラスメイトを全員知っている。

 入る直前にキンコンカンコン、キンコンカンコンと朝のチャイムの音が鳴る。


「う……」


 笠島先生がガラリと戸を開き先に入ってゆく。ボクもその後ろにおずおずとついてゆく。

一斉に視線が集中する。既に今日クラスに転校生が来ることは知れ渡っているようだ。皆待ってましたとばかりに目を輝かせ、「来た来た」「転校生だよ」「やった、女子だ――」とこっそり囁きあっている小声が聞こえた。

 壁に貼られている学級通信、時間割、後ろにはクラスのスローガンが大きく飾られている。

 何も変わっていない。


「起立! 礼!」


 日直の生徒が立ち上がり挨拶の号令をする。


「おはよう」

「おはようございます!」


教室に全員の声が轟く。

クラスの様子は相変わらずだ。

 部屋にたかれているストーブのせいで、窓には露が一面についていて、外の様子が見えないぐらいに曇っている。


「最初に残念な話があるーー」


 一番にボクのことではあるが北原雪哉の転校が告げられた。

 まだ知らない生徒は驚き、知っている子は寂しそうにする。 


「ええ? 雪哉君、急に東京の学校に転校しちゃったの?」

「知らなかったぜ。お前知ってたか?」


 ああ、良かった。ボクをそれなりに惜しむ声があって……。

 誰も気にせずいなくなっているという、ギャグにならなくてよかった。


「彼とは入れ替わりになるが、このクラスの新しい仲間が来たので紹介する」


 担任の斉藤先生がボクに促した。


「ぼ……いや……北原雪耶です。よろしくお願いします」


 皆の興味津々な視線がボク一点に集中する。くらくらしそう……。

 既に知っている夏美ちゃんは、満足そうに頷いていた。

 そして、笑顔でこちらに2、3度その手を振った。

 僕も小さな微笑みで返した。あらかじめ話が通じている子がいるのはやや安心する。


「北原雪耶さんは転校した雪哉君の従妹だそうだ」

「可愛いね」

「きれい」

「やったあ」


 教室に入った時からであったが、改めてボクに対して男子と女子それぞれから歓迎と誉める言葉をもらう。

 どうやらボクは女子として可愛いと可愛いくないに評価を分けたとき、前者に属することを知った。

 その分視線は否応無く集中する。

 さて、自己紹介は無難に終わったことだし、自分の机に座りたい。 

 どこの席になるのかなあ。多分かつて自分の机、北原雪哉の席になるんだろう。と、自分の席を探した。

 あったあった。あの窓際の席……。夏美ちゃんのちょうど前の席だ。


「北原さん! 趣味は何?」


 えっ。

 クラスの男子、山下が手を挙げた。すると次々に質問が飛ぶ。


「好きな芸能人は?」

「好きな食べ物は?」

「つきあった人の数は?」


 ちょ、いっぱい聞きすぎーー。


「ま、まだ。い、いません」と答えたときの男子たちのテンションのあがりっぷりといったらなかった。あくまでも雪哉の女の子の経験という意味ではあるが。

 そして女子たちの意味深なふうん、という頷き……。


「こらこら、おまえら、それくらいにしてやれよ。授業が始められないからな」


 ようやく先生が止めてくれた。というか、先生もなんとなく最後の質問がでるのを待っていたような気がしないでもないな。「おう、そうか」と一緒に小さく言っていたのを聞き逃さなかった。

 席は予想通り以前自分がいた席のままだった。 


「雪耶ちゃん、自己紹介、良かったよ」


真後ろの夏美ちゃんが小さく声をかける。そしてグッドのサインで親指を立てる。


「あ、ありがとう」


 席についた後も皆からチラチラ視線を浴びる。

 授業が始まった後も、ふと気づくと、男子の一人が横目で見ているので、愛想笑いを返すと、嬉しそうに眼を逸らす。

 しばらく後に、別の女子がこっそり手を振ってきたので手を振りかえしたりする。

 疲れる――。




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