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第三十話「登校日の朝」

「……続いてこちらの天気図をご覧ください。今日は典型的な西高東低、冬型の気圧配置となっており、各地で朝の冷え込みが厳しくなっております。全国的に晴れ空が広がっていますが一部山間の地域で曇がかかっています」


 テレビから流れる天気予報を気象予報士が、呑気に報じている。

 何が晴れだ。ボクの心中は大荒れだぞ。大暴風雨だ。


「うう……」


 ついにこの時がやってきてしまった。

 今日初めて雪耶として登校するボクはついに制服を着た。

 ほんの短い時間の格闘はあったが、着ること自体はなんてことはない。

 上着のセーラー服はTシャツやトレーナーのように被り、普通に袖を通すだけだ。

 その下には白いインナーを着用した。抜かりはない。

 スカートは穿いて中のホックを止めるだけ。

 股が分かれていなくて、ひらひら、さわさわとしているのが、妙に落ち着かない。

(お、スカートにポケットがついているんだ……)

 そんな発見もあって興味深いところもあったが。

 どこが難しかったかと言われれば、胸元のスカーフが少しだけ難しかった程度だ。

 そして黒い靴下を履いて完了、と思った時、母さんから突っ込みが入った。

 うぐ。


「雪耶ちゃん、スカーフ、崩れてるわよ」

「え?」

「いいわ、やってあげから、こっち向いて」


しっかり練習もしてきちんとしたはず。

 だがスカーフの結び方が左右ずれているというので、母さんに直してもらう。

 お互いに向き合ったまま――。


「……うぐ」


 一度結んだスカーフをほどいて結び直す。

 ボクよりも嬉しそうな顔で器用に結ぶ。ボクはされるがままだ。

 というか、母さん、なんでボクより詳しいんだ……。


「はい、いいわ」


 鏡の前でもう一度チェックする。

 少女が恥ずかしそうな顔で立っている。

 ボクは今セーラー服を着ている。

 もう一度心で呟く。

 ボク……セーラー服を着ている。


「こ、これで……いいかな?」

「大丈夫よ、自信を持ちなさい」


 体の変化は不可抗力のものだったとはいえ、能動的に着るセーラー服は、どことなくボクの中で一線を越えたような気がして、心が落ち着かない。

 なんで……学校には制服というものがあるんだ。

 男子も女子も否応なしに指定したものを着せられるなんて、不合理な制度だ。

 ……などと愚痴をいっても仕方ない。拒否したとして、雪哉と雪耶の関係を疑られる事態になると困るので、それもできないし。


「おはようございまーす。雪耶ちゃーん」


 鏡の前で佇んでいると、女の子の声が玄関からした。

 夏美ちゃんだ。

 初登校の朝に迎えにくると言っていたが、その言葉通りに今日やってきた。


「い、今行くよ。待ってて」


 返事をして、そそくさと鞄を手に取る。

 そして靴箱にある革靴を取り出し足を入れる。ローファーというものらしい。

 新品で固くて足に馴染んでいない。


「っとっと」


 思わずよろけて躓きそうになるのを堪える。

 そして何食わぬ顔で、玄関の外に出た。


「おはよう! 雪耶ちゃん」


 玄関の外では夏美ちゃんが、やはりコート姿で待ち構えていた。下には制服をもちろん着ているのだが。

 ボクよりも何倍も着慣れた雰囲気を出している。


「お、おはよう……」

「可愛い~、本当雪耶ちゃん、似合ってるよ」


 ボクの制服姿を一目見て、漏らした。


「おはよう! 北原さん」


 智則のやつもいた。

 学生服にコート姿だ。鞄を肩にぶらさげて、これまた悠々と立っている。

 二人とも白い息を吐きながら立っている。


「ごめん、待たせちゃった?」

「ううん、いいよ」

「遅刻しないのは、雪耶と同じで流石だなぁ」

「サラリーマン家庭のあんたと雪耶ちゃんは違うのよ。人生の鍛えられ方がね」

「そりゃないだろ。俺が選んだわけじゃないぞ」


 何かにつけて、安定している智則の家庭事情をからかう。お母さんは村役場の職員、お父さんは県の職員のいわゆる二馬力というやつであった。

 智則の両親は、氷清村出身ではあるが――。

 

「さあ、行こう!」


 夏美ちゃんが、ボクの手を持った。

 手袋を嵌めているため、素手の温もりは直接は感じないはずなのに、なぜか暖かかった――。


「いってらっしゃい」


 珍しく母さんまでも玄関まで送りに出てきた。

 普段の着物姿のままで、静々と立っている。


「気をつけてね」 

「あたしがちゃんと面倒見ますので、心配しないでください」

「あら、頼もしいわ。夏美ちゃん、雪耶ちゃんをよろしく頼むわね」

「はい、お任せください」


 右腕をどん、と胸を叩く

 うう、夏美ちゃんの気持ち、嬉しいんだけど、なんかこそばゆいな。


「あなたが智則君? 『雪哉』からあなたのこと、聞いたわよ。ずっと幼いころからよく遊んだって。仲良くしてくれてありがとう」


 母さんは智則にも笑顔を向ける。


「い、いえ、とんでもないです!」


 智則は、緊張しつつも嬉しそうに頭を下げた。

 おうおうわかりやすい。でもボクの母さんだからな。

 そして挨拶を手短に終えると、そそくさと出発した。


「行ってらっしゃい、雪耶。頑張るのよー」


 少し歩いた後、背中から声がしたので、振り返ると、母さんはまだ入り口に立っていて手を振っていた。

(うう、恥ずかしい)


「あの人、雪哉のお母さん!? すっごく綺麗な人だね」

 

 三人で歩く中、夏美ちゃんは驚嘆の声を上げる。 


「凄い若いよな……親だって言われなきゃ俺たちより少し上の人かと思ったぜ」


 智則も、時々振り返っては零した。

 やっぱり母さんは他の人から見ても綺麗なんだな、と思った。


 三人揃って学校への路を歩く。

ボクらの通う中学は街の中心部にほど近い場所で近くには郵便局や役場もある。この村唯一のスーパーとコンビニもある。

人通りも車も次第に多くなり、同じような登校する生徒を見かける。


「おはようございます」


途中で駐在所の前を通った時、三人揃って挨拶する。


「おはようっ、君たち転んで怪我しないように気をつけなさい」


建物前にいた若い駐在のお巡りさんも大きな声で返してくれる。

朝の景色は何も変わらない。


「雪耶ちゃん、歩くの上手だね」


 一緒に歩いていると、夏美ちゃんが、ボクの足元をみる。


「え?」

「凍った道の上を歩くの上手だと思って」


 スカートを揺らしながら固まっている雪の上を歩くボクの歩みをみつめている。

 アイスバーンというやつだ。


「そ、そうかな?」

「雪耶ちゃんって東京出身なんでしょ? 雪国初めてな割に、歩き方が慣れてるね」

「そ、そうでもないよ。本当は怖いし……」


 慌てて否定する――。


「雪哉の奴も上手だったっけ……」


 智則のやつも同調する。

(なんか、空気が怪しくなってきたな)


「今頃あいつもこうやって新しい学校に通ってるんだよなあ。でもさあ、俺、本当のこと言っていい?」

「な、何かな?」


 智則は腕を組んでしみじみと呟いた。


「なんか、こうしてみると、雪哉がいなくなった気がしないんだよなあ」

「う……」

「あ、ほんと。あたしも今思った。雪耶ちゃん、結構共通してるところがあるし」


 夏美ちゃんは、やや目を細める。


「なんか、こう雪耶ちゃんといると、雪哉と一緒にいるみたいで、思ったより寂しくないんだ」

「そう……なんだ」

「本人が聞いたら怒っちゃうかな?」

「そ、そんなこと無いよ」


 慌てて首を振った。

 どちらかというと、二人の勘の強さに驚いているというか、脅威に感じています。


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