第三話「父の告白」
翌朝、父さんと僕は店周りの雪かきに追われた。
夜中に吹雪いていたおかげで、案の定、朝にはどっさりと雪が覆っていた。
「うわー、積もったなあ……」
「これは一仕事になりそうだ」
腰のあたりまで積もった雪にしばし立ち尽くす。
だが、突っ立っていても誰かがやってくれるわけでもない。
「さあ、始めるか、雪哉」
「う、うん」
やがて、それぞれ雪かき道具を手にする。
開店前に店の前に積もった雪をどけないといけない。村の除雪車が巡回しているが、店の前の部分まではやってくれないのだ。
これだから雪国は……。
「よいしょっ」
「うおおおーー」
雪かき用スコップで山盛りに盛った雪を流雪溝に投げ込む。
その度にどさっと音を立てる。
そんな中でも白い雪は後から後から雲の合間の空から舞い降りてくる。
雪は、こんなに綺麗なのに、その実、怖い素顔を持っている憎らしい相手なのだ。
きっと降り続く雪は、雪かきしてもまたすぐに一面を覆ってしまうだろうと、空しさを感じる。
だが、負けて入られない。
時間が経つほど重みも堅さも増して行くので、どんどん作業しにくくなる。早く片づけないと行けない。
「いててて……腰が……もう年だなあ。年々きつくなってくるよ」
父さんが珍しく泣き言を言って手を止めて腰をさする。
「はぁ……はぁ……まだ早いよ」
僕もマフラーを取って汗を拭った。
外は凍えるほど寒いのに、体は重労働のせいで暑いというジレンマ。
体を止めるとその汗のせいで、急に冷えていくのも辛い。
それでもなんとかかんとか開店までに雪かきを終わらせた。
すっかりくたくたになってしまった。
雪かきが終わったら、そのまま開店準備。
清掃、窓拭きなどを一通り終わらせる。
父さんはキッチンで下準備。
「よっと」
入口のドアの表札を裏返して営業中に変える。
スタンバイ完了。あとは来店するのを待ちだけ。
だが。
お客さんは来なかった。
来ない。
お客さんはいつまでたっても来ない。
ただ時間だけが静かに過ぎてゆく。
手持無沙汰にカウンターの椅子に座って頬杖をついていると――。
突然戸がギィっと音を立てて開いた。
戸に付けている鈴がカランカランと鳴る。
「いらっしゃいませ!」
急いで立ち上がり、とびきりの笑顔であいさつする。
「あら、雪哉君」
聞き覚えのある年配女性の声。
また回覧板を隣家のおばさんが置きにきた。
「はい、回覧板だよ、雪哉君」
「あ、ありがとうございます、おばさん」
引きつりそうな笑顔で回覧板を受け取った。来月の雪祭りの準備のための商工会の会議予定だって。
「偉いわねえ、店の手伝いを頑張って」
「これぐらい、なんともないです」
隣家のおばさんを見送った。
出て行く際に開けた扉から雪が風とともにびゅうっと吹き込んでくる。
閉められると再び静寂が戻る。
あとにはガランとした店内があるだけだ。
それから二十分後。
再び戸がカランカランと音を立てる。
「いらっしゃいませ!」
今度こそという意気込みで立ち上がる。
「宅急便で―す」
「……はい」
その後もやっぱり店は閑古鳥が鳴いていた。
閉店の時間が来たので、お決まりの後片付けを始める。
父さんが腰を痛めているのでトイレ掃除まで済ませる。
「はあ……今日は八人か……」
一日店に張り付いたにも関わらず、成果を得られなかった一日にぼやきつつ、閉店後の片づけをする。
「これはいよいよ……、いや、もっと売り込んでうちの店の良さを伝えれば」
チラシ配り、駅前での宣伝呼び込み。やれることはあるはず。
もっと父さんに喝を入れて動いてもらわないと、などと思案している最中のことだった。
「おーい、雪哉、ちょっと大事な話があるから来てくれ」
「はーい、今これ片付けてから」
箒とちりとりを片付ける。
「よいしょっと」
スリッパを脱いで店のスペースから自宅の方へ上がる。
夕飯の準備をしようと思っていたが、呼び出されたので居間に向かう。
既にちゃぶ台の席に座っている父さんの真向かいになる形で座った。
部屋では石油ストーブが燻っていた。
ここ二、三日前からずっと雪が降り続いてるせいで、屋内ではガンガン石油ストーブを炊いていた。光熱費もばかにならないが、客商売上、燃料費節減と建物の温度を下げるわけにもいかないので、悩みの種である
「で、何? 大事な話って」
普段おちゃらけたことしか言わない調子いい父さんがいつになく真顔だった。
(まさか店を閉めるなんて話ではないよね)
「雪哉、お前、今日が誕生日だったな」
「うん? そうだよ」
「だよな、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
誕生日プレゼントは期待していないが、今朝「誕生日おめでとう」の一言もなかったので、忘れてるのかと思い心配した。
だが、なんだかんだいってちゃんと覚えてたので安心した。
「それでだ、雪哉、実はな……」
父さんはじっと僕をみながら、無精ひげを触る。
「話というのはな、お前の母さんのことなんだ」
テーブルの蜜柑にでも手を伸ばそうとしたボクの手が止まった。そして胸がドキン、と鳴った。
そして呼吸数も俄かに上がる。
母さんという言葉に身体全体が反応する。
生まれてこの方、僕は母さんのことをあまり知らずに育った。
物心がついた時にはもういなかったから、そのことで寂しがったり孤独に感じることは無かったが、やっぱり母さんに対する想いは強い。
母さんの話をすることのなかった父さんが自ら話を切り出したのも、記憶にある限りない。
だから、余計に胸が高鳴った。
「今なんて……。かあ……さん?」
「そうだ、話というのは、お前の母さんのことなんだ」
そこで一旦言葉をきって、僕にじっと視線を合わせた。
「母さんが……」
視線に耐えきれず思わず反芻するように僕も呟いた。
そしてしばし黙った後、口を開いた。
「お前が14歳になる前日にこうするように言われててな」
「こうするって何? 一体誰から?」
「お前の母さんだよ。今から説明するが、父さんと母さんにあったことを包み隠さずに話すことなんだ」
「包み隠さず?」
「ああ、雪哉。本当のことを言うが、お前の母さんは雪女だったんだ」
「はあ?」
あまりにも予想外の言葉に体が固まった。
「母さんは、この氷清岳の雪女で、お前は父さんと雪女の母さんの間にできた子なんだ」