第二十九話「平穏に戻って」
店の客席に置いてあるテレビからは、突発的な猛吹雪で避難した大学生たちを無事発見したという短い時間のニュースが流れていた。
それによると発見された大学生たちは一部軽い凍傷や低体温症なども見られ病院に入院して詳しい検査と治療を受けているが、全員大事には至らないという。
よく遭難事故の際に炎上する自己責任論というやつもあるが、幸いなことに事前の天気予報が晴れの予想だったことと装備はそれなりにしていたので、今回は予想できない事態ということになり当事者を責める声はなかった。
「やあ、良かったじゃないか。無事でなによりだ」
ニュースを見て父さんが感想を漏らす。
「父さんはその瞬間は見ていないが、発見した人たちによると、『こっちにいるよ、こっちこっち』という声を聞いて、声が聞こえたその場所に向かったら、見つかったらしいぞ」
父さんも昨日は早朝から捜索ボランティアに加わったが行方不明の大学生たち無事発見の知らせに、程なく帰ってきた。
「父さんもお疲れ様」
無事発見で、ボランティア隊が解散され帰宅したら、そのまま休む間もなく店を始めた父さんを労う。
「雪耶もな」
父さんには母さんからことの概要をざっくりと知らされていると聞いた。
だが、根掘り葉掘り聞かれることは無かった。
ちなみに、その母さんは朝から用事があるとかでいない。昼過ぎには帰ってくるとのことだったが。
「やっぱり雪耶は父さんと母さんの子だな。変わり者の血をひいてる」
父さんはわかるけどなんで母さんが?
「母さんが変わり者?」
「母さんは、氷のように冷徹な雪女には珍しく人の優しさや思いやりに、惹かれた雪女なんだ。……だから子供が男でも女でも、人の優しさと思いやりのある子にしたいと思ってたのさ。男の子の雪哉を里に残して一人山に戻ったときもそれを願ってた」
「……そう、なんだ」
変わり者夫婦に生まれたボクって……。
やっぱり変わり者なのだろうか? 両親に似てるということは嬉しいような悲しいような。
それに加えてなんだか父さんも母さんもボクの知らないことを知っていて、羨ましい。
「ま、ぼちぼちその辺りの話はしていこう。お前ももう十四になったんだから」
ふいに店の入り口の戸がカランカランと音をたてて開いた。
今日はまだやや吹雪く日だったから冷たい風が入り込んでくる。
あわせて、ちらつく雪も入ってきた。
それと同時にゆっくりと入ってきた人影があった。
「お、噂をすれば……」
父さんが耳打ちした。
「件の大学生だぞ」
「本当だ」
あの大学生、上村さんが、例の眼鏡をかけたまま店に入ってきて、中の様子をうかがっている。
すぐに立ち上がって、案内する。
「いらっしゃいませ、こちらの席へどうぞ」
入るように促すと、それに従って入店する。
「あ、ああ……どうも」
まだ開店直後の時間で他にお客さんはいない。窓際の眺めの良い席に案内する。
「ありがとう」
今日もかなり冷え込んでいるので、石油ストーブが頑張っているが、それでもやや寒く感じる。なので、熱いお茶を出すことにした。
「ご注文は何になさいますか?」
トン、と湯呑みをテーブルの上に置き、ついでにメニュー表を渡す。
「まだお腹は減ってないんだけど……」
それでもせっかく店にやってきたのだから、とメニューの一覧を見る。
「何か良さそうなものとか、おすすめはあるかな?」
時間的にも、食事をがっつりしにきたわけではなさそうであった。
一体何の用事だろうか――。
「そうですねえ……」
食事とまではいかないまでも、飲み物だけでは物足りない人のためのメニューか。
少し考えた後、答えた。
「食事が重たければ、ぜんざいはいかがでしょう? 地元の小豆餡を使っておすすめですよ」
「じゃあ、そのぜんざいにしようかな」
「はい、ではぜんざいお一つですね」
厨房の父さんに注文を告げるとまた件の上村さんのところに行った。
「良かったですね、ニュースみましたよ」
「あ、ああ……村の人たちを騒がせてしまって本当に申し訳なかったよ。もっと計画をきっちりたててればこんなことにならなかったのに」
申し訳なさそうに、視線を落とし、お茶の水面を見つめる。
「気にしないでください、自然を味わえることを売りにお客さんを集めてるのは、この村のほうですから、それに不測の事態が起こるのは、仕方ないですよ」
「そういってくれると……助かるよ」
「今日はどうされたんですか?」
「今回世話になってしまった人たちへの御礼とお詫びの挨拶周りをね」
警察や消防、救出劇に携わった方々へ、 サークルメンバーで一番回復が早かった上村さんが、まだ入院している仲間もいるが代表でお詫びに回っているという。
万事めでたしめでたしではなく、大人の事情というか、後始末があるのだろう。
「大変ですね……」
ボクは何気なしに呟いた。
そして、上村さんはコホン、と一つ咳をした後にやや顔を逸らしながらつぶやいた。
「その……」
「え?」
「助けて……くれて……ありがとう……」
その声がとても小さかったので聞き返した。
「え? なんですか?」
「いや、なんでもないよ。あ、そうだ」
上村さんは、席を立ちあがり土産物コーナーに移動する。
「これ、くれるかなあ? 会計で一緒に払うよ」
氷清村のお土産の定番、チョコクッキーの15個入りを手に取った。それに温泉まんじゅう10個入りも。
「ありがとうございます!」
元気な声でお礼を言う。営業用トークに切り替え、さっそくそれを手にとって袋に入れる。
ぜんざいを食べ終え、帰り際。会計のためにレジを叩いていると、それとなく聞かれた。
「な、名前聞いてもいいかな?」
レジ打ちのために下を向いていたボクはそれとなく答えた。
「え? あ、雪耶っていいます」
「雪耶ちゃん、また来るから!」
「はい、お待ちしてます」
入口の扉がカランカランと音を立てて開く。
新しいお客さんだ。
ランチタイムに入ったのか店には続々お客さんが入って来る。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
その応対に追われているうちに上村さんはいつの間にか店を去っていた。
雪乃(お母さん)は何故、今回いないのでしょうか。そこはご想像にお任せします。




