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第二十八話「幻の中で見たものは」

(ここは……?)

 朦朧とした上村の意識がわずかばかり戻ってきた。

 体に少しずつ自由が戻ってきた。

 手足が少し動く。


「んん……」


 体を少し起こして周囲の状況を確認する。

 小さな狭い小屋の中で、周りに仲間が折り重なるように倒れている。

 皆眠っているように体を動かさない。意識がある気配はない。

(そうだ俺たち、山で遭難して、雪山の小屋に逃げ込んで……)

 自分たちの置かれている状況も思い出してきた。

 どうやら、意識があるのは自分のみ。

 辺りを確認して驚愕した。

(これは……!?)


 自分たちが今まで避難小屋と思っていたその場所は、小屋とはとても呼べないボロボロに朽ちた廃墟だった。

 壁は大きくはがれ落ちていて、周囲にむき出しになった骨組みがあるだけで、ほとんど吹きさらしだった。

 ほぼ外といっていい。

 こんなところで自分たちが寄せ合っていたなんて――。

 雪が容赦なく、吹き込んでくる。

 ほとんど外だ。

 囲炉裏と思っていたのは、ただの石ころが並べられた冷たい地面だ。

 地面は雪に塗れてとても火が起こせる状態ではなかった。

 火にあたっていたと思っていたのは、幻想で、こんなところで身を寄せ合っていたのか――。

(全部幻だったのかーー)

 しかも腕時計をみて再び驚いた。時間はそれほど経っていない。

 何時間も待っていたように思えたが、ほんのわずかな時間だった。


 いったい何が起こったのか、訝しんでいると、外からワー、キャアと喚き声が聞こえた。

(何の声だ?)

 その声のトーンから若い少女たちの声だ。

 しかも遊んでいるのではなく、何か争っているような様子だ。


「うう……」


 まだ覚束ない足に、はっきりしない頭のまま上村はふらふらと立ち上がり、廃小屋の外の様子を眺める。

 吹雪はまだ続いているが幾分は和らいでいるようだった。


「一体なんだ?」


 目の前の光景が信じられなかった。

 小屋の目の前では不思議な着物姿の女の子たち同士で取っ組み合いの喧嘩が行われていた。

 妖しい女どもの仲間なのだろうが、一人だけ雰囲気が違っていた。

 髪が短めのその少女は、なんだか人間味のある子だった。

 元気一杯で、生命に満ちた輝きがある。

 取っ組み合いの様子をよく見ると、どうやらその子が一人、周りの少女を相手に暴れているようなのだが、なかなかどうして喧嘩上手だ。やんちゃな男の子みたいで、一人なのに上手に立ち回っている。

 なんというか……その思い切りの良さだ。

 ためらいがない。

 泥だらけならぬ、雪まみれになっても、相手と向き合うことに躊躇しない、そんな感じだった。

 他の少女は、こういう喧嘩になれていないらしくてあっさり倒されて馬乗りにされている。服の乱れや汚れることに気がいって、気持ちが分散している。


「ちょ、やめてって! この髪飾り、今日のために準備したお気に入りなん

よ!」

「お母さんから譲られた大切な帯なのにぃ!」

「いたた、やめて、髪をひっぱらないで!」


人数は多いのに、やんちゃな少女にやられて泣き叫んでいる。少女は怯まず全く手を緩めない。


「うるさい、この際そんなの関係ねえよ!」


 やがて、この喧嘩騒ぎにたまりかねたのか、他の少女は三々五々逃げ始めた。


「覚えてなさいよ!」


 という定番の台詞を吐いて小屋から離れ遠くに逃げていった。


「ふん、いつでもきやがれ!」 


 例の少女も、これまたおきまりの台詞を投げつける。

 その一連の様子を見て、上村は、この少女は正真正銘、自分たちを助けに来てくれたのだと解釈した。そして妖しい少女たちを追い払った。

 安心した上村は再び崩れ落ちる。


 他の少女たちが去ったのを見届けた後、この少女は小屋の中に戻ってきた。


「大丈夫……かな?」


 埃と土まみれになりながらも、その子は上村たちの方に駆け寄ってきた。


「う、うう……」


 上村はもはやただの傍観者だった。

 この子はなんか安心できる。上村たちに害意はないと確信していた。


「よかった、まだ皆んな息がある」


 上村を含め、倒れている一人一人の状態を確認する。

 小さな穴を作り、動けない者の肩を担いでそこに一時的に避難させる。

 

「すぐ、人を呼んできますから、それまでしっかりしてください」


 吹雪はいつの間にか弱まりつつあった。厚い雲も次第に流れてゆき、迷宮に閉ざされたような暗い世界に月の光が刺し始めると同時に、徐々に極端な寒さから解放されてゆく。

 再び現実の世界に戻ってきたように――。


「あ……り……がと……う……」


 安心すると同時に朦朧としてきた意識の中、その不思議で元気な女の子の顔を見た。

 やや安心したら、再び今度こそ意識が暗い奥底に潜っていった。

 あの子、誰かに似てるような。

 寒くて思考がはっきりしない。

 全て幻をみてたような――小屋に少女たちがやってきて自分たちをどこかへ誘い込もうとしていた。だが、すんでのところでやってきた別の少女が自分を助けた。それだけを記憶に留めた。

(どこかで……そうだ、あの店……山に入る前に……立ち寄った小さな店の娘……)


 あるいは極限状況でみた夢か幻か。

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