第二十七話「雪耶、奮闘する」
やられた。
第一撃で力を見せつけられた。
吹っ飛ばされ、まさに漫画のように雪の中に大の字になって埋まり込んだ。
(いたた、今のは効いた――流石、雪女の力だ)
体は動くし、痛いことは痛い……けど、まだ大けがというほどではない。内臓がやられたとか生命の危機的なものはない。体がこういう衝撃に対して強くなっているのだろうか。
「あらら、もう降参? あっけないのなあ。あんだけ威勢が良かったのだから、もうちょっと楽しませてくれんとねえ」
なんだ、その悪役っぽい台詞。
ようし、向こうがその気なら……。
ようやく起きあがったが、雪まみれ。
頭をぷるぷる振った。
髪の毛にまとわりつき、着物にもこびりつく雪をバサバサ手で払う。
口にまで入ってしまった。
「ぺっぺっ」
雪を吐き出す。
積もっているのは、あの粉雪だ。
軽くてふんわりしてるが、まとわりつきやすいのだ。
「あはは、無様ね」
「不細工なつら、いい気味」
むかつく雪女たちの声が遠くに聞こえた。
不細工云々は、まあ別にいい。そんな罵りは、ボクには通じない。デリケートな女子なら気にするんだろうけど、生憎ボクはそういう気品のある育ちではない。
「そのまま寝てればええのにっ」
再びボクの方へ手をかざす。
見る見るうちに再び氷の結晶が収束してゆく。
「あはは凍子ちゃん、やっちゃえ」
他の雪ん娘たちも、外に繰り出して、戦いをはやし立てる。
下品な人の子、もっと不細工になれ。散々罵られた。
そんなこと言われても、なんとも思わないが、助けたいという気力を削がれるわけにもいかない。
「負けてたまるか、来いっ」
「もちろんよ、叩き潰してやる――」
ビキビキっと周囲から集まった氷の粒が弾となる。
直後、第二弾が来た。手をかざした先から、また氷の弾丸の嵐が放たれる。
「はっ」
咄嗟に念を込めて、大きく手を振った。振った先からつむじ風が沸き起こり、そして、ぶわっと小さい吹雪を沸き起こす。結晶は打ち返され、はたまた叩き落とされる。
母さんの地獄の特訓で身に着けた、吹雪と一体化して吹雪を操る技――。相変わらずその原理はよくわからないのだけれども――。ともかく使えるようにはなっているのだ。
ふう、母さんの特訓が生きた。
「な、何? あんたも雪女――?」
相手の女は、驚愕する。
「ふん、こんなの大したことねえよ」
強がりは、言ってみたものの腕を振った。びりびりする。
子供が野球のグローブで大人の球を受けたぐらいの衝撃がある。
やっぱりあっちは強い。山で育った生粋の雪ん娘だけのことはある。
こっちの覚えたての能力では、あいつとやりあうのは不利か……。
ボクの男子としての経験上、喧嘩は実力差があるならば避けるのが鉄則だ。
漫画の主人公のような逆転勝利はない。だが今は挑まないといけない。
(どうするかな)
相手の土俵に乗る愚かさは知っている。
なら……。作戦を考える。と言ってもほんの数秒の間だ。
閃くと同時に、ほとんど間をおかず反撃だ。
「まだまだ!」
「くっ」
相手も身構える。
だが――。
ボクは下に向けて吹雪を放つ。
相手は目を丸くする。
「!?」
降り積もったばかりのこな雪がぶわっと舞って雪煙となる。
立て続けに放って次々に巻き起こす。あらん限りの力を振り絞り――。
「な、何? どこ、見えないわ」
白いカーテンに何重にも覆われる。
相手は予想外の状況に為すすべがない。氷の弾を作ることに気を散らしていて、ボクの場所も正確に捉えていなかった。
一方のボクは相手の位置を正確に把握していた。雪煙で見えなくなる前に。風が吹いてるこの天気ではほんのわずかの間だ。
全力で走り寄る。
いた。
大きくジャンプ。
「え?」
雪の煙幕が薄くなり相手もボクの接近にようやく気づき、氷の弾を放とうとするが、遅い。
「きゃあっ」
雪煙から飛び出すと同時に、驚くそいつにタックルをかました。
接近戦に持ち込めば、雪女の能力の見せ合いを避けられる。
どさっと倒れ込む。
ボクも雪の上に一緒に倒れる。
「!?」
すかさず起き上がり、飛びかかる。
「な、何?」
「させるか!」
態勢を立て直される前に、背中から覆いかぶさり、締め上げる。
「いや、何?」
そして、マウントポジションを取った。
よし、優位の態勢を取った。
これでも中学の授業で柔道を習ったし、子供の頃、男子同士でプロレス技の掛け合いをやって遊んだ。
そして相手の片腕に両足を絡ませる。
「いや、やめて、何するんよ」
自分の両太ももで相手の腕を締め上げる。
「いたたたた、いたいって離してって」
十字固めが決まった。腕をギリギリ締め上げる。手加減はしない。
そしてそれは、もがけばもがくほど苦しむことになる。
が、相手はそのことを知らないのか、余計にもがいて苦しんでいる。
「やめるか? もうやめますって言え。あの人たちには構わないと言うんだ」
「いたい、な、なんで……そんなこと……あんた、同じ雪ん娘なのに――」
「なんでってそりゃ……」
締め上げながらボクは叫んだ。
「ボクは、雪ん娘で雪乃亭の子なんだよ!」
さらに力を籠める。
「ああああっ」
たまらず、悶絶する。
「あんた、凍子ちゃんになんてことを――」
周りの雪ん娘どもも、抱えていた男を放り出して、床に崩れ落ちた。
「うるせえ! この不細工ども!」
「きー!」
「よくもあたしの顔を!」
「うるさい! この人たちを離せ!」
「うわ、噛みついたら、駄目ぇ!」
小屋の外は、たちまち金切り声とドタバタ騒ぎの音に満ちる。




